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主に映画のあらすじと(まとまりのない)感想文

TIME/タイム(2011)

お金の代わりに時間が通貨として流通する近未来。この時代、人は25歳まで生かされたところで成長が止まり、同時に1年間の「時間=余命」を等しく与えられる。時間は命として肉体を生かすと同時に、生活費諸々の支払いにも日々消費されていく。残りの人生を永く生きたければ、労働などで時間を稼がなければいけない。なお手を重ねることで他人と時間のシェアも可能。

じつにシンプルな設定のSFです。いろんな作り方ができそうですが、今作はすごく分かりやすく、そしてエンタメ性豊かに仕上げていると思います。非常におもしろかったです、好きです。

残酷な「時間切れ」

貧しい地域の人たちは、常に「その日暮らし」の余命しか持ち合わせていません。朝起きたら余命が1日切っている、そんなことザラです。文字通り明日も生きていくための時間を日払いの仕事で稼ぎます。

序盤、余命2時間を切ったとある人物が、バスで家へ帰ろうとします。しかし値上げによりバスの運賃は想定外の「2時間」。運賃を払うことはできない、しかし歩いて帰ると2時間はかかる。必死で家めがけて走るものの、目前、左腕に埋め込まれたデジタル時計=余命が全て0を示した瞬間、容赦なく死亡。あまりに猶予のない「時間切れ」という設定を序盤で何度も見せられることにより、中盤からの展開にスリリングさが増すのです。秀逸。

時は金なり

肉体的な「余命としての時間」もスリリングですが、十数分観ているだけで「通貨としての時間」という概念もかなりしっくりくるようになってきます。「えっ、そんなに使っちゃっていいの…」と心配になるシーンが幾度と出てきます。このへんの感情移入のしやすさが、この作品の魅力かと。最初のほうでじわじわおもしろいな〜と思ったのは、主人公が街で女の子に「時間ある?」と声を掛けられるシーン。この世界でこのセリフを言われた場合、それはただ金をせびられているだけなのです。

貧乏人は「走る」

持てる余命の量によって居住エリアが区分けされている国民たち。ひょんなことから大量の余命を手に入れてしまった主人公は富裕層の暮らすエリアへと入ってゆきますが、途中「走った」ことにより富裕層ではないとバレてしまいます。時間に余裕のある人間は、急ぐ必要がないから走らないんですってよ。

地味におもしろい設定たち

前述したとおり、肉体としての成長は25歳で止まる世界。50歳の誕生日を迎えた主人公のお母さんだって、見た目は25歳。ヒロインの家族が三世代並んだシーンでも、全員25歳。子供以外、外見的にアラサーの人間しか登場しない映画というのはなかなか新鮮です。あと、何故かクラシックなアメ車が主流なのもおもしろ設定。エンジンの音だけ未来っぽいのが堪りません。

時は金なり(リプライズ)

時間の攻防戦により、時には100年単位、時には残り数秒まで余命を増減させながら生き延びてきた主人公とヒロイン。ドラえもんで「時の流れを可視化する道具」の有名な回がありますが、あれを延々見せられている気分になります。時間、大事。 本編では最終的に命からがら「残り1日」の時間を手に入れた主人公たち。「1日あれば有益に使える」と次の目的地へ向かっていきます。1分1秒を大切に生きていきなさいよ、と肩を叩かれるような映画です。

アマンダ・セイフライドが可愛い

ここまでいろいろと書いてきました。しかし全てはこれに尽きます。アマンダ・セイフライド可愛い。ちょう可愛い。こんなキュートな娘だけどいつしか銃を持つ。それがまた格好良い。アマンダ・セイフライドが超絶カッコ可愛い、もうそれだけでこの映画には100点、いや100万時間差し上げます。

(2018年42本目)