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主に映画のあらすじと(まとまりのない)感想文

メリー・ポピンズ(1964)

ジュリー・アンドリュース主演、ディズニー制作のミュージカル映画。「午前十時の映画祭」にて劇場鑑賞。ディズニーの唯一無二さをこれでもかと感じさせる作品でした。

あらすじ

バンクス家の幼いきょうだいジェーンとマイケルは、厳格な銀行家の父により厳しく育てられていた。日常的な世話や教育は雇われの乳母が担っていたが、厳しく当たるため子供たちとは相性が悪く、いつも数ヶ月ともたずに新しい乳母を探さねばならなかった。そんなある時、乳母の採用面接にメリー・ポピンズと名乗る女性が現れ、強引にバンクス家の乳母として働き始める。厳格でありながら不思議な力を持ったメリーに子供たちは魅了されるも、彼女が来たことにより生活をかき乱された父は不快感をあらわにする。メリーが休みを取った日、父は子供たちを連れて自らが管理職を務める銀行へゆく。小遣い2ペンスを元手に彼らの口座を開設し、社会の仕組みを教えようとするのだが…。

ディズニーはすごい

じつはこれまで観る機会がなく初鑑賞だったのですが、まごうことなきディズニー映画で「すごい」と思いました。オープニング、名曲だらけの序曲からもう掴みは完璧。圧倒的な音楽の力でねじ伏せる…と言ったら語弊があるでしょうか、一気に引き込んでくるこの感じはディズニー作品最大の強みと言えます。作品ごとに作曲者は違えど、ディズニー音楽ってとにかくディズニー音楽なんですよね。語彙が消え失せる程度に(笑)

メリーがバンクス家にやってきて手すりを「滑り昇って」いくシーン、四次元カバンからあれこれ出していくシーン、指パッチンでみるみるうちに部屋を整頓していくシーン、おそらく10分にも満たないであろう一連のシーンがとにかくワクワクさせられます。このワクワク感も完全にディズニーならではのもの。アニメーションではお馴染みのディズニー的な「モノの動き」を実写で見せられるとこんなにインパクトがあるんですね。

そして、絵の中に入るくだりでの「実写とアニメーションの融合」。この技術自体は新しいものではなく、わたしの知る範囲だと「錨を上げて(1945)」でジーン・ケリーが「トムとジェリー」のアニメーションと一緒に踊るシーンなどが有名かと思いますが(バートの服装やパフォーマンスも「巴里のアメリカ人」あたりのジーン・ケリー風に感じます)、ここまで長尺でというのは初めて見ました。予想以上にアニメシーンが多い! ディズニーじゃないとこれほど延々とは続けられないでしょう、多分。

言わずもがなディズニーは子供の想像力をそのまま具現化することに長けていて、なにかと大人の妄想に入り込みがちなミュージカル映画においてもやはり子供たちの脳内に入り込むのだなと、本作は特にその点でほかの名作ミュージカル映画と一線を画していると感じました。

圧倒的パワーのディズニー音楽

ねじ伏せ度が極めて高い「メイン・タイトル」、仕事を楽しくする歌だったんだ…という「お砂糖ひとさじで」、もはやなんの映画の曲かなんて意識してないレベルの「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」はそんなビターなシーンでも使われるんだ…という驚き(しかし、とてもグッとくる)、意外と〝名シーン〟的使い方はされない「チム・チム・チェリー」、いやはや、名曲の暴力です。「絶対に寝るなよ」な子守唄も好き。

名曲の暴力ということでは「サウンド・オブ・ミュージック(1965)」もそうですね。スタンダードだと思っているような曲の「オリジナル」を聴かされて半信半疑なあの感じ。ガンダムジョジョを初見した人が「ネットスラングだらけ」と感じるようなあの感じ。なお全曲の作詞作曲をしたハーマン兄弟は「小さな世界」などの作者でもあるそうです。

ダンスシーンに関してはそこまで眼を見張るものはない本作ですが、煙突ダンスのシーンはなかなか見ごたえあります。こういう汚めの、ストリート感(?)の強いダンスというのは「ウエスト・サイド物語(1961)」の影響もあるのかなと思いましたがどうなんでしょう。あと、大砲花火のシーンで急にサラウンドになるのはびっくりしました。あれは公開当時からああなってるのでしょうか。

キャラクターの魅力

まずメリー・ポピンズ。思っていたよりも厳格なキャラクターでちょっと意外でした。ファンタジーな存在でありながら子供にも男にも媚びない絶妙なキャラクター、とてもよかったです。演じるのは、なんとこれが映画初主演のジュリー・アンドリュース。とてもそうは見えないベテランの風格。さらにすごいことに、翌1965年には前述の「サウンド・オブ・ミュージック」でも主演ですよ。ちょっとすごすぎないか。一体いくつのスタンダードナンバーに関わっているんだという感じです。同じような役回りなのもおもしろいところですね。

ディック・ヴァン・ダイク演じるバートも、やはり意外なキャラクターでした。まずその存在が意外というか。あまり口数の多くないメリーの代わりに、大事なことをストレートに教えてくれる存在。子供の味方であり、大人の味方でもある存在。彼のいるシーンは常に不思議な安心感がありました。コメディアンっぷりと精神安定剤っぷりは「雨に唄えば(1952)」でジーン・ケリーの良き友人を演じるドナルド・オコナーと非常に通じるものがあります。

子供たちもいい子でした。幼いきょうだいが狂言回し的ポジションを担っている作品って結構あるように思いますが、どのへんがルーツなんでしょうね。パッと浮かんだのは「ジュマンジ(1995)」。あれも幼い姉と弟が超現実な世界と触れ合い、仕事一辺倒な父親(彼らの父ではないけれど)を改心させるような物語でした。他にもかなり沢山あるはず。

魅力的なキャラクターで描かれる「本当に大事なものに気付かされる」系のシンプルなストーリー、まあホロっときますよね。「メリー・ポピンズがいないと楽しくない世界」だったのが最後では「メリー・ポピンズ要らず」になるところで目頭が熱くなります。いろんな家族のところに行くんだろうなあ。そんでもって年末にはバンクス家に帰ってくる(「メリー・ポピンズ・リターンズ」2018年公開予定)らしいです(笑)

というわけでとても素敵な作品でした。この時代は他にも「ウエスト・サイド物語」「シェルブールの雨傘」「マイ・フェア・レディ」「サウンド・オブ・ミュージック」など、第ウン次かのミュージカル映画ブームという感じですごいですね。個人的にはもうちょっと古い時代のミュージカル映画のほうが好みではありますが(映像的にもじつは10年くらい遡ったほうが古臭くなかったりする)、未見では済ませられない名作をスクリーンで観ることができてよかったです。

(2018年164本目 劇場鑑賞)