映画「さかなのこ(2022)」感想|すべての「さかなクン」たちへ。好きを貫け!
映画『さかなのこ』を観てきました。のんさんが「さかなクン」を演じるらしい、程度の情報で止まっておりさほど注目もしていなかったのですが、いざ公開されるや、おや、評判が良さそうだぞ…? そこで初めて知ります、沖田修一監督だったのか!
というわけで、あらためて書きましょう。『おらおらでひとりいぐも(2020)』『子供はわかってあげない(2021)』などの沖田修一監督による最新作『さかなのこ』、テアトル新宿にて観てまいりました。『Ribbon(2022)』といい、のんさんの新作はなんとなくテアトルで観たくなっちゃうんだな。
で、ですね、この『さかなのこ』。結論から言えばすごく、あ、すギョく、よかった、です。こんなにいい映画だと思わなかった。それもそのはずで、共同脚本の前田司郎さんと沖田監督はずばり『横道世之介(2013)』タッグ! そりゃいいわけだ〜〜〜って感じで、『横道世之介』がお好きな方はマストで映画館へ足を運ばれたほうが悔いのない人生になります。
以下、ネタバレっていうのとも少し違うけれど、作品の在り方とかインパクトのあるところだとかに触れていきますので、何も入れたくない方はご注意ください。
冒頭のダーン!
本作まずインパクト大なのが、始まった瞬間に筆文字でダーン!と出る「とある言葉」です(一応ぼかしておきましょう。なおパンフを買うとやはり冒頭でダーン!)。多分誰もが大なり小なり感じるであろうノイズを冒頭で根こそぎ引き抜いておく、とてもいい演出だと思います。そんなんどっちでもいいんだよ!
さかなクンの話ではない
さかなクンの話でもあるけれど——。
本作は、さかなクンの自叙伝『さかなクンの一魚一会 〜まいにち夢中な人生!〜』を原作としています。ただ、エッセイなのでそのまま映画化するのは難しい。そこで、ちょっとしたパラレルワールドが生み出されました。
我々がよく知る「さかなクン」、じつは本作に出演しています。ハコフグ帽子にギョギョッ! どこからどう見てもさかなクンさんですが、しかし劇中では町の不審者「ギョギョおじさん」。芸能人でもなければお魚博士でもありません。それどころか警察沙汰にまで……。
共同脚本・前田司郎さんは「もしあの時代に『TVチャンピオン』という番組がなかったら」といったようなパラレルワールドを設定しました。好きを極めても見つけてもらえなかった世界線のさかなクン=ギョギョおじさんは、本作の主人公である「ミー坊」にハコフグ帽子を託すのです。
そこから「ミー坊」はさかなクンの半生を辿っていき、ついにはテレビ出演まですることになる。どうしよう、テレビなんて、うまくできるかな……。そこで思い出すのが、ずっと昔に託されたあの帽子、それからあの印象的な口調! かくして、ハコフグ帽子のギョギョッなお魚博士が誕生するのでギョざいます。
そこだけでもグッとくるのですが、さらにその先、次の世代にもギョギョおじさんの志は脈々と受け継がれていて——。ほんっとにすてきな話だと思いました。泣きましたよ、ええ。
やさしい世界
この陳腐な言葉、無性に使いたくなるときがある。例えばこの映画を観たとき! ということで、やさしい世界の描き方が、もうとにかくすばらしい。好きを貫くお話って多少は荒波に揉まれたりするもんですけど、本作のミー坊は荒波アウトオブ眼中。モーゼのごとく海割ってお魚さんと歩いてる人生。それを「すげーなあいつ」ってみんなが苦笑しつつ、気付けば影響されてる。
この構図がいちばん効くのは高校生時代で、ひょんなことから不良に目をつけられてしまうのだけどやはりアウトオブ眼中。磯村勇斗さん、岡山天音さん、柳楽優弥さんといったそうそうたる不良たちの抗争からイカ漁に発展してしまうくだりなど最高です。アニサキスには注意。
井川遥さん演じる全肯定お母さんもすてきだし、『横道世之介』さながら出会っていくいろんな人たちもそれぞれいい。世之介タッグのお二人はこういう人間模様を描くのが本当に上手いなあ。さらに、ほぼ全編フィルム撮影なんですって。すっごいリアルにフィルムっぽい質感だな技術すごいなと思っていたらまさかの!
「好き」を貫け
この映画を観てえも言われぬ感動に襲われるのは、「さかなクン」という人物が実在していて、それをわたしたちがよく知っているからだと思います。でなければあんな、いい歳してギョギョギョー!!みたいな人、フィクションでしかないじゃないですか。だけど、いるんですよ、本当に。それもお魚界の紛れもない権威として。
それがね、すごいなって何度も思いました。いるんだもん。いるから、このお話には説得力しかないわけ。「好き」を貫いた先のロールモデルが実在する上での、この映画なわけなんですよ。すごいよ、なんかいろいろ。
なので、この映画『さかなのこ』は、「好き」に取り憑かれた全ての「さかなクン」たちの背中を「そのまま行け」と叩いてくれる物語。折に触れて観たくなるであろう、傑作の誕生です。
はみ出し雑感
幼少期のハイライト、タコのゴア描写。最高。客席の誰もが「あっ」と声を漏らす、あの場面。もう笑うしかない。「待望のステーキを頬張りながらおれは泣いた」。
はしご鑑賞のためテアトル新宿からシネマート新宿へ移動したら、シネマートの地下にスシローが。即決で入ってタコのほか数皿をいただきました。これからシネマート行く時は毎回スシローでお茶と魚しようかな。
終始オフビートな高校時代もずっと顔面笑ってた。不良たちのキャストが良すぎる。みんな愛せる。し、シメるけど、そんなふうにはシメねえよ! ちなみにあの学校はさかなクンさんの母校らしい。のんさんの学ラン姿が、めっちゃ似合うんだよなあ……。
最初に夏帆さん出てきたとき、うわっ面影ある!とびっくりした。子役チョイスが絶妙。金魚あげるとこでホロリとしちゃったよね。画材のとこもね。そして最後もね。
ぱるること島崎遥香さんがいったいどこに出ていたのか、後になって必死に脳内検索したけど見つからなかった。まさかあの上品なお方とは。すてきになられましたねとしみじみ。
誰か突っ込んでくれ、柳楽優弥のネクタイ。
ギョギョおじさんのテーマがバスクラなのさすが分かってる!と思ったらさかなクンさんご自身による演奏だったので、さらにさすが。音楽がパスカルズなのは意外と気付かなかった。パスカルズにしてはあんまりはみ出てなかったような。ミー坊がめっちゃはみ出てるからいいのか。
実質『あまちゃん』で始まったのんさんのキャリアが、ここで海に帰ってくるのはなんだか感慨深い(パンフでクドカンも感慨深がっている)。『見つけてこわそう』のことを思えばさかなクンとのご縁も感慨深い。またさかなクン同様、「アート」という「好き」が最近いろんな作品で活かされるようになっていてそれも感慨深い。絵が描けるって、俳優としてなかなかの強みだと思う。
いい映画でしたよ、本当に。
以上、まとまらないながらも(まとめる気ないながらも)非常におすすめしたい作品『さかなのこ』でございました。沖田修一監督の新たな代表作だし、のんさんの新たな代表作であることも確実! ぜひ劇場で、映画っていいなあとしみじみしながらご覧ください。
(2022年154本目/劇場鑑賞)
世之介もよろしく。韻を踏んでらっしゃるので。