353log

主に映画の感想文を書いています

映画「王の願い ハングルの始まり(2019)」感想|ハングル創製のifを描く、歴史改変物語。

先日、1話15分の短編韓国ドラマ『ポンダンポンダン 王様の恋』がすごくおもしろかったということを書きました。女子高生が朝鮮時代の王宮にタイムスリップして王様と惹かれ合っちゃうラブコメなのですが、その王様というのは実在の「世宗大王」。ハングルの生みの親だそうです。

ちょうど去年の今頃、ハングルを勉強していたわたし。ハングルの成り立ちには興味があります。

そういえばソン・ガンホ先輩主演でまさにハングルの成り立ちの映画があったようなと思い出し調べてみると、やはり去年の今頃ひっそり公開されておりました。そんなわけで、その『王の願い ハングルの始まり』を観ました。


映画「王の願い ハングルの始まり」ポスター
映画「王の願い ハングルの始まり」ポスター


ハングルの創製には諸説あり、世宗が一人で作った可能性もあるとされているそうです。当時の朝鮮には自国語を書き表す文字がなく、上流層のみが特権的に中国の漢字を使用していました。権力を誇示するための文字だったのです。しかし世宗が作ろうとしたハングルは庶民のための文字。『ポンダンポンダン』でも描かれるエピソードですが、下々の奴らに教養なんか与えたらどんなことになるか!と世宗は猛烈な反対を受けています。内部の協力は得られなかっただろう、という説です。

本作はその部分、思い切ってフィクションにしています。儒教が尊ばれていた時代に、この映画の世宗が選んだ道は「仏教の僧とタッグを組み新たな文字を開発する」。ただでさえ、文字を作るってだけでも猛反発食らってるのに宗教的にもタブーをおかすという、なかなかやりますね。

で、力を貸して欲しいと頼まれた仏僧が世宗に見せたのは、古代インドの、仏教のルーツな言葉であるサンスクリット語サンスクリット語って名前だけは聞いたことがありましたが、表音文字だとは知りませんでした。ハングルも子音+母音の表音文字なのですけど、つまり仏僧の助言に従いサンスクリット語などを着想点として作っていったと。

とはいえサンスクリット語はハングルとは全く違う、うにょうにょした、いかにも難しそうな文字です。発音を正確に表現できるよう、文字の数も多い。庶民にはちょっと……。そこで世宗は「星座」を提示します。星は無数にあるが、それをわかりやすく体系化した星座のような文字を作りたい。点と直線だけで作ろうぞ。おおっ、それであのハングルになっていくのか…!!

まあフィクションなんですけど、なんにせよすごくわくわくするくだりでした。口の中の形を文字のビジュアルにも反映できないかと四苦八苦しているときの、「舌の先が“鎌”のような形になります」「(鎌!!)」なとことか、少しでもハングルをかじったことのある人であれば確実にアガる場面。逆に言うと、ハングルを全く知らないとおもしろさは半減するのかもしれません。

そんなこんなで、のちにハングルと呼ばれる「訓民正音」が完成。ただし儒教の国でこの文字が広く浸透していくよう、歴史からは仏僧の関わりを消します。だから文献には残ってないけれど、実際はこんなことがあったかもよ? そういうお話なわけです。事情をよく知らない日本人から見るとどっしりした時代劇なのでつい鵜呑みにしてしまいますが、思いっきり歴史改変ものなんですね。

メインキャストのソン・ガンホ、パク・ヘイル、チョン・ミソンは、ポン・ジュノ監督の作品で何度も共演している顔ぶれで、『殺人の追憶(2003)』では三人揃ってるんだとか。全然覚えてなかった。なおチョン・ミソンさんは本作が遺作。享年49、早すぎる……。奇しくも本作は、チョン・ミソンさん演じる王妃ソホンへの丁重な供養で幕を閉じます。様々な面で、現実とフィクションの境目がよくわからなくなる作品です。

(2022年92本目/U-NEXT)