幕開け早々、窓がいい! 窓がいい! 窓がいい! と叩き出される高得点。もったいぶらずに出るタイトルも嬉しい。
子供連れの若い夫婦が、フェリー乗り場にいる。乗り込む夫(柄本佑)、小さな娘と共に見送る妻(穂志もえか)。それぞれにスマホで動画を撮り合いながら、フェリーは離岸する。結構な田舎町へやってきた夫。どういうことなのか、素朴で丁寧な暮らしめいたものが始まる。犬の散歩、突然のモンゴル的(かどうかはともかく頭にモンゴルと浮かんだ)風景、ゆっくりとした時間が流れるが、とはいえなんらか時間に追われてはいるらしい。窓際のベッドで脚のリハビリをしている老人(イッセー尾形)を見るに、どうやらこれは介護と思われ、それも実父ではなく義父っぽさがなんとなく漂う。ずっと準備中になってんなと気になっていた写真屋が突如、柄本佑の手できびきびと開店する。ここまでの全ては早朝の出来事だったようだ。
そんな感じで、基本的には何も起こらず静かに展開していく、コンディション次第ではとてもよく眠れる映画『メモリィズ』。しかしどこか目が離せず、いつしかこの田舎町に入り込んでいる。「馬と老人」が印象的なモンゴル的(かどうかは、の)風景、いつも何かくれる農家、植木の手入れに余念がない人、タオルのクセが強い物干し場、白くて大きい何かがいくつか置かれた脇道、後ろから自転車で追い越していく女性、開放的なあぜ道で風を切るその背中、どれもが愛おしく思え、よって後にとてつもない寂しさに襲われたりもする。「いつもの」が無いだけでこんなに人の心をざわつかせることができるのかと、映画というものに感動した。
粒子の粗いアナログな手触りの映像で切り取られた田舎町の風景と、時々そこに混じる、画の空気感とはそぐわない電子音がおもしろい。スマホのカメラにちょいちょい切り替わるのも、映画体験とはなんぞやなどと頭が混乱して好ましい。東京に残してきた妻と娘と、海を越えた田舎町にいる夫、家族の距離は物理的には離れているが、彼らが頻繁にスマホで動画を送り合うことにより(というか夫が動画マメなようだ)家族の間に距離は感じないどころか、一般的なそれより親密にも感じる。妻は妻で、東京で外国人旅行客向けのコーディネーターみたいな仕事をしているらしく、旅行客に素敵な旅の記憶を演出する日々(『見はらし世代』に続き、また蘇鈺淳さんがいい役をやっている)。このあたりのディテールも、観終わってみればなんだか興味深い。
義父との関係も、徐々に馴染んでいく。いつしか、やはり「いつもの」が無いだけで息を呑んだりする(映画が巧い)。お義父さんは無事だったが、町では悲しいことも起きる。写真屋の仕事は人の「いい顔」をたくさん残すというものなので、関わる人が多ければ多いほどこういう時はつらいだろうなと思う。そこから少しずつ、この家族の喪失も見えてくる。思いのほか生々しい心の傷を抱えているのかもしれない。スライドの送られる音が、深く沁みる。最後でいきなりエモーションが急カーブを切ったようにも感じたが、いろんなラインのよくわからない作品なのでどの違和感も愛せる気がする。違和感といえば一箇所、覗き見してさっと顔を隠すかのような意思を持ったカメラワークにぎょっとした。
観ていくほどに、「記憶と記録」とかいう月並みなワードが頭に浮かぶが、そういうのいいからと押し戻す。ただし、あとから見たらポスターにキャッチコピーとして使われていたので、そういうのでもいいらしい。つい月並みと言ってしまったこのテーマでこれほどの映画を作れる人が、果たしてどれほどいるだろう。これが初の長編作品となる坂西未郁監督、恐るべし。そしてここまで書いておきながら、この映画に浸った時間のことは、できることなら言葉にしたくない。してしまいたくない。とりあえず、見たままの記憶を記録として残しておく。