奥田裕介監督作品『誰かの花』をシネマ・チュプキにて観ました。
本作は横浜シネマ・ジャック&ベティさんの30周年記念作品。ちなみにチュプキの6・7月は「映画愛、映画館愛。そして映画館が作った映画」という上映ラインナップになっています。
これ、確か宇多丸さんがキネ旬か何かの企画で観てアトロクでも推してたんじゃなかったかな……と曖昧な記憶があり*1 ずっと気になってはいた作品です。今回やっとチュプキにかかるぞ!というのと、半分中の人として監督舞台挨拶の写真撮影を担当する日でもありましたので、同じタイミングでお初に鑑賞させていただきました。
横浜シネマ・ジャック&ベティ30周年企画映画#誰かの花 🎬
— Cinema Chupki(チュプキ) (@cinemachupki) June 3, 2022
6/3(金)上映後 #奥田裕介 監督より舞台挨拶をいただきました。
時間制限なしのたっぷりトークで、撮影秘話や制作の背景など貴重なお話を沢山伺うことができました😊@dareka_no_hana pic.twitter.com/cMJfAdTokd
築年数高めの「団地」が本作の主な舞台。ある日「ベランダから落ちた植木鉢」が、住人たちの人生を狂わせていきます。たったそれだけと言えばそれだけの物語。しかし「たったそれだけのこと」がどこにどう転んでいくのか全く読めない緊張感。ヒリついた、固唾を呑む、そんな表現がしっくりくる、とてもとても好みの映画でした。
団地を舞台にした被害者性・加害者性の物語というところでは『ミセス・ノイズィ(2020)』なども記憶に新しいですが、あちらは結構コメディ色が強かったのに対し、本作はサスペンスやミステリーの色が強い作品。背筋にぞわっとくる場面があちらこちらに潜んでおり、思わず目を見開き、前のめりになってしまいます。
と言いつつも決してジャンル映画ではなく、基本的には極めて静かな、感情の機微を味わい尽くすタイプの作品です。それでいて映画館という集中できる環境においては、どこから矢が飛んでくるかわからない緊張感をも終始味わうことになる。いや、すごい映画だな……と思いました。
また、読み解きたくなるような演出の多さも本作の大きな魅力です。わたしあんまりそういうの得意ではないし、野暮だから「メタファー」とか言いたくないんですけど(なので本ブログもあくまで「映画の“感想”」を書いています)、本作に関してはついつい評論家になった気分で、あれはこうでは?これはああでは?などと言いたくなってしまいました。難解すぎないけどあからさまでもない、楽しい深みのある作品でした。
以下、箇条書きであれこれとわたしなりの読み取ったことや雑感を羅列しておきます。
あれやこれや
「止血と逆立ち」: 相太が唐突に逆立ちをしたところでふと思い出す。そうだ、彼は序盤で「心臓より高く上げて」指の出血を止めていたじゃないか。それを相太に教えたのはマチだが、マチは「憎まない」ことに努めた人。対する相太は、少なくとも今は「頭に血を上らせる」、つまり「憎む」ことを選びたいのかもしれない。
「ワイパーへの反抗」: となると、相太がワイパーを止めたがった行為も合点がいく。雨を涙とするならば、涙を拭うもの、慰めようとするもの、心の波風を抑えようとするものに対して、彼は反抗しているのかもしれない。
「鉄工所」: 孝秋の働く鉄工所、あれは孝秋の内面、いわゆる精神世界と考えるのが妥当か。ずっとバーナーを持たずにきた彼が、最後にパンジーを燃やし、父母を見て「落としどころ」を見つけてしまう感じ。「解釈」はしたくない、と思ってしまうあの後味。わたし的にはひとまずのハッピーエンドだけど、その考えは間違ってる可能性が高いし。
「花の持ち主」: つまりあの隣人の救われなさが捨て置けない。「ごめんね、パンジー枯らしちゃった」で胸が締め付けられた。この映画が見せる「客観性」を信じていいのであれば、彼にはなんらかの救済がなくては。もしくは気付けなかっただけで何かあったのかもしれないが。マーヴェリックとグースとルースターが脳裏に浮かぶ、『トップガン マーヴェリック』鑑賞直後の思考。
「タバコとパチンコ」: タバコをもらう灯、パチンコ台に座る里美、この二人の女性がなかなか印象的。母とかヘルパーとか女性とか、そういうのが取れて「人間がむき出し」になったように見えた。2回目には自分のタバコを持っている灯、お金の入れ方から椅子の上げ下げまでやけに手慣れた感じの里美。全てにストーリーを感じる。監督の演出法がなせる技なのだと思う。
「リモコン電話」: もはや「ぼけているのかいないのか」「誰かのためなのか自分のためなのか」はたまた「通じているのかいないのか」何もかもがわからなくなる、珠玉の名場面。設定と小道具ひとつであれだけ有無を言わせぬファンタジーを作り上げるのは並大抵のことじゃない。監督の脚本力、俳優陣の圧倒的な演技力、口数の少ない映画にいつの間にか入り込めていたわたしたちの観客力。きっと他にもいろいろ。
「エレベーター劇場」: はじめは単なるエレベーターに過ぎなかった箱が、気付けば「劇場」という意味の「箱」になっている。上り下り止まり開き閉じ、それだけであんなにスリリングな箱、すごい。灯と孝秋を乗せて一体いつまで上り続けるのか?という虚構含みの時間もよかった。
「団地と黄色いフード」: 雨とレインコートとネクタイが印象的なこのシーン。単にビジュアル的なところでポン・ジュノ監督の団地映画『ほえる犬は噛まない』を連想したので失礼ながら監督に伺ってみたところ、それは意図していなかったとのお答え。トイレットペーパーも出てくるんだよなあ、そういえばあれ。なんにせよ団地と映画の相性は最高。
「なーんちゃって」: 里ちゃんが好きです。あの時限爆弾、どうなるのか。
書いてたらもう一度観たくなってきました。映画『誰かの花』はシネマ・チュプキ・タバタにて6/14(火)まで上映しております。ぜひ映画館でご覧ください。シネマ・ジャック&ベティさんにも近いうち行きたいなあ。横浜線沿いに住んでるのに行ったことがないなんて迂闊でした。
(2022年95本目/劇場鑑賞)