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映画「世界一と言われた映画館(2017)」感想|かつて山形県酒田市に存在した豊かな文化発信地、その消失と継承

 9月19日。JR山手線で田端に降り、駅からほど近い商店街にさりげなく収まった小さな映画館「シネマ・チュプキ・タバタ」で今日は4本ハシゴする。4本も??と思われるかもしれないが、移動なくひたすら居座っていればいいので、案外楽なのだ。

 チュプキのロビーはいつでもコーヒーの香りがする。加えてこの日は何故か「ムーンライト・セレナーデ」が流れている。その理由は、1本目『世界一と言われた映画館』を観始めてすぐに分かった。


映画「世界一と言われた映画館」ポスター
映画「世界一と言われた映画館」ポスター


 この映画は、山形県酒田市にかつて存在した映画館「グリーン・ハウス」のドキュメンタリー作品。かの淀川長治氏はこのグリーン・ハウスをなんと「世界一の映画館」と評したそうだ。

 そんな大袈裟な、たかが街の映画館でしょ。そう舐めてかかっていたら度肝を抜かれた。回転扉を抜けるとコーヒーが薫り、バーテン付きの喫茶スペースが広がる。堂々たる風格の大劇場に入れば、スクリーンの両脇には白い石像が立ち、ステージ手前には生花が敷き詰められている──。

 ここはハリウッド黄金時代なのか??日本に、それも山形にこんな豊かな文化があったのか??と困惑した。想像を遥かに飛び越える、とんでもなくリッチでゴージャスなシアターだったのだ。そして、上映前には必ず「ムーンライト・セレナーデ」が流れていたらしい。

 はじめに「かつて」と書いたとおり、この絢爛な映画館、現在は跡形もない。というのも1976年に「酒田大火」と呼ばれる大火災で地域一帯ごと消失してしまったからで、もっと悪いことにこのグリーン・ハウスが「酒田大火」の火元だった。当時出動した消防士は、火災以前に『タワーリング・インフェルノ(1974)』をグリーン・ハウスで鑑賞し気を引き締めたというから皮肉なことである。

 地域の復興に際し、それまで酒田の人々に至高の非日常を与え続けていたグリーン・ハウスが再建されることはなかった。やむを得ない。しかし、多くの地域民にとっては複雑なことだっただろうと想像できる。なんともほろ苦い。

以上、気分転換の「である調」でした。ああ、こっちのほうが落ち着く。というわけでまあとにかくハシゴ1本目の本作、全く何も知らずに観たんですけどもすごく良くて。結果的にこの日観た4本の中で一番涙腺やられました。1本目にしてもう帰ろうかなと思った。

本編中では様々な立場の関係者たちが当時のことを回想していくのですが、たとえ自分の家が全焼した人であってもグリーン・ハウスのことはきらきらした目で語るんですよね。そして、グリーン・ハウスは残らなかったけれど確実にその意志は受け継がれている。単純に感動しました。

それから、じつはわたし本籍地が山形県酒田市なんです。いや、物心つく前くらいに一度行ったか行かないかくらいの父方の実家で、生まれでも育ちでもなんでもありません。パスポートの申請が、戸籍謄本の取り寄せがめちゃくちゃ面倒だった記憶しかありません。これまで一度もこの本籍地に想いを寄せたことなんてなかったのですが、まさかこんなかたちで酒田市を知ることになるとは。

思えばひょんなことで半年ほど前から通い始めたコーヒー薫る映画館シネマ・チュプキにて、奇しくも己のルーツたる土地の「世界一と言われた映画館」に引き寄せられる。いやあ、映画って本当に不思議なもんですね。

(2021年159本目/劇場鑑賞)

ナレーションは大杉漣さんです。