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映画「うたのはじまり 絵字幕版(2020)」感想|歌ってしまうんだ どうしても

映画「うたのはじまり」より
映画「うたのはじまり」より


ドキュメンタリー映画『うたのはじまり』を観ました。ろう者であるカメラマンの齋藤陽道さんは幼い頃から「音楽」という表現手段に隔たりを感じていたといいます。「うた」って何? わからない。好きじゃない。

やがて彼は結婚し、子供を授かりました。妻もろう者でしたが、生まれてきた子は「聴者」でした。愛しい我が子をあやすうちに、なんと彼は聴いたこともないはずの「子守唄」を自然と口ずさみます。

どうやっても人間の世界に音楽は生まれてしまうんだ。この令和の時代に「音楽の起源」を見ることができる貴重な作品でした。


映画「うたのはじまり」ポスター
映画「うたのはじまり」ポスター


今回はシネマ・チュプキ・タバタにて鑑賞しましたが、観ていてすごく連想したのは以前に同じくチュプキにて上映されていた映画『へんしんっ!』です。

こちらは自身も電動車椅子を使って生活する石田智哉監督が「しょうがい者の表現活動の可能性」をテーマに制作したドキュメンタリー作品。監督が視覚や聴覚にしょうがいを持つアーティストの人々と知り合っていくなかで「まさかのコンテンポラリーダンスをさせられる羽目になる」という展開があってすごくおもしろいんですよね。

2本とも観た方はおそらく分かっていただけると思うんですけど、本作に登場する飴屋法水さんって、『へんしんっ!』の砂連尾理さんと被りませんか?(笑) いきなりプロレス始まる感じとかそっくりじゃんと、わたしはつい可笑しくなってしまいました。まあ今回の場合は陽道さんのほうがどうやら優勢なのですが(出産立ち会いで迷いなく半裸になれたのはきっとプロレスやってたからなんだなあ)。

また、『へんしんっ!』は日本語字幕と音声ガイドがデフォルトで付いているオープン上映というスタイルが話題になりましたが、本作にも「絵字幕」というおもしろい試みがあります。「うた」のあるシーンになると画面下部に五線譜が現れ、現代音楽の譜面を思わせる様々な線が躍動的に色鮮やかに質感豊かに描かれていくものです。実際に耳で聴いた印象と近いかといえば必ずしもそうではないように感じましたが、通常の字幕で使われる「♪」とは比べ物にならない情報量と芸術性で、とてもいいなと思いました。

字幕といえば、本作で頻出する「筆談をただ映しているだけ」の場面も印象的です。つい真似したくなる陽道さんの癖字、耳障りぎりぎり手前なサインペンのキュッキュ音、ペンを持つ手が一旦止まることで思考が可視化される様など、「筆談」もひとつのエンタメ的パフォーマンスになり得るんだなと思いました。そして筆談をニュアンス込みで読み上げる音声ガイドとの親和性もすごく高い作品でしたね。

(2021年160本目/劇場鑑賞)


ちなみに本稿のサブタイトルはB'z「泣いて 泣いて 泣きやんだら」の歌詞でございます。観ているときに思い浮かんだ一節ですが、本日9月21日はB'zのデビュー33周年。せっかくなので使っておきましょう。


あと、たった今知ったのですが齋藤陽道さんは窪田正孝さんの専属カメラマンらしいです。直近のお仕事では朝ドラ『エール』のドキュメンタリーブックなども。なんと。知らないうちに陽道さんの写真、見ていたんだなあ。