353log

主に映画の感想文を書いています

映画「アルプススタンドのはしの方(2020)」雑感|じつは悔しいのかもしれない自分語りの巻

f:id:threefivethree:20200811222605j:plain

城定秀夫監督の映画『アルプススタンドのはしの方』を観ました。高校演劇の人気演目を原作とした作品で、甲子園を舞台としながらもグラウンドや選手の姿は一切登場せず、「アルプススタンドのはしの方」だけが映り続ける映画です。

夏の甲子園一回戦、アルプススタンドのはしの方。あまり応援する気のなさそうな生徒4人が座っています。演劇部員の女子ふたり、元野球部の男子ひとり、成績優秀なメガネっ娘ひとり。この生徒たちは何を思いながらこの応援席に座っているのでしょうか。試合の展開とリンクするように、それぞれの抑え込んでいた感情が吐露されていきます。

この映画は、「しょうがない」を口癖にしているような人が「でも悔しい」という気持ちに気付いてしまった瞬間の何かが描かれている作品で、ひとたび「これは自分のことだ」と思えてしまったが最後、おそらく涙なしには観れないのでしょう。“でしょう”ということは、わたしの場合そうは思えなかったということですが。少なくとも、頭では。

これはわたしのコンプレックスのひとつでもありますが、全力で何かに取り組んだり全力で悔しがったりしたことってないような気がして、本作に関しても感情移入ポイントがニアミスというか「これは自分……じゃないなこういう人は身近に知ってるけど」みたいな感じで、けっこう俯瞰する姿勢になってしまったのですよね。

ニアミス事案の例として。劇中の演劇部員たちは、部員がインフルエンザにかかったため大会を棄権するという「しょうがない、でも悔しい」を抱えて応援席の隅に座っています。じつは、わたしが15年来所属している吹奏楽団の定期演奏会新型コロナウイルスの影響で公演2日前に開催中止となりました(2月29日。Perfumeの東京ドーム公演が当日中止になったりした頃)。演劇部員たちと同じく、一年間かけて準備してきた晴れ舞台が「しょうがない」で吹き飛んだのです。

ただし、手前味噌ながらちょいと先進的かつラッキーだった我が団は、突貫工事で準備を整え、ホールは使用しつつ無観客の生配信コンサートという代替手段を実現させました。「しょうがない、でも悔しい」ではなく「しょうがない、切り替えていこう、よし楽しかった!」のルートへ進んだわけです*1。しかし本当にこの時期は明日明後日のことが読めない状態で、公演日が一週間遅かった近隣の楽団さんはホールすら使えず完全中止となってしまいました。この映画を自分ごととして受け止められるのはどちらかといえばそちらの団員さんでしょう。

または。じつは6月末に2度目のニューヨークひとり旅を計画していました。飛行機は10ヶ月も前から予約していました。が、言わずもがなでキャンセルせざるを得なくなりました。しょんぼりはしたものの、とはいえ仮に行けたところで楽しくおおっぴらに遊べるわけでもなし、お金は全部戻ってきたしお財布潤って嬉しいなくらいの気持ちすらあり、「しょうがない」止まりです。やはりニアミスです。

そんなわけで全然なにも響いてこなかった、のかと思いきや、後半ボロボロ泣きっぱなしでした。なぜだ。ここまでの話はなんだったんだ。

なんかあれですね、ここ最近、脳を経由せずに涙腺が反応するようになってしまった気が。頭ではそんな感動してないつもりなのだけど、目頭が勝手に熱くなる。なんで泣いてるんだ……??と腑に落ちない後半数十分でした。思うに、きっとこれは深層心理なのよ。脳味噌では把握できてない「でも悔しい」ほか複雑な感情がいろいろとあるのよ。そういうことなのだわ。この映画で原因不明の落涙をしてしまった方は、己のメンタルにちょっと気遣ってあげたほうがいいかもしれません。

全く映画の話をしていないので少ししておきましょう。もともとワンシチュエーションの映画や舞台作品ってすごく好きで、そこがまず楽しめたところです。序盤の地味な会話が後々しっかりと伏線になり回収されていく脚本もお見事です。台詞でしか登場しない「矢野くん」と「園田くん」が生き生きと存在感を持ってくる展開は、散々既出でしょうが『桐島、部活やめるってよ(2012)』における不在の主人公「桐島」を連想させるものでした。

有名な役者さんが出ていないゆえのインディーズ映画的な空気感に慣れるまでやや時間がかかること、それぞれの生徒たちが感情を抑え込んでいる時間がじつはすごく長いことなどから、評判のわりになかなか入り込めないなと思いながら観ていましたが、「声を出し始めてから」の巻き込まれ具合はすごかったです。コンサートで生の歌声に感動して、わけもわからず涙が出てくるような感覚。声のパワーって並々ならないですね。極め付けに最後の「悔しい!」で涙腺完全崩壊です。欲を言えばあそこで終わってくれてもよかった(反エピローグ過激派)。

(2020年128本目/劇場鑑賞)


後日、音声ガイド付きで鑑賞

2021年8月、田端にあるユニバーサルシアター「シネマ・チュプキ・タバタ」にて音声ガイド付き*2のバージョンを観てきました。バリアフリー活弁士・檀鼓太郎さんの型にはまらないガイドは多くのリピーターを生んでいて、この日もアンコール上映でした。

どんなふうに「型にはまらない」のかというと、たとえば汗だくになりながらバッティングの「違い」を説明しようとするシーンで音声ガイドが「ぼくもわかんない」と説明を放棄してしまうとか、試合展開のガイドでは「実況風」になったりとか、さすがは音声ガイド界のパイオニア檀さんならではの自由さ。ガイド作りに足を踏み入れた者として、真似はできないけれど刺激にはなります。

ところで、2回目の鑑賞でもトータルの感想はほとんど変わらず、むしろ初回よりドライに観てしまったかも。最後の「悔しい!」でグッときたくらい。やはりあんまりツボなタイプの映画ではないらしいです。

*1:この件に関しては、楽団の公式サイトに長文レポートを掲載しておりますのでご興味ある方はどうぞ。長文つまり、書いているのは当然わたしです。

*2:「映画の音声ガイド」についてはこちらの記事などで詳しく説明しています。