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塚本晋也監督版「野火(2015)」雑感|非常にハイクオリティな戦争疑似体験映画

大岡昇平さんの同名小説を原作とした映画『野火』を観ました(1959年の市川崑監督版ではなく2015年の塚本晋也監督版)。

この映画、タイトルは知っていましたがあまりいいイメージを持っていなかったというか、趣味の悪い映画かなと勝手に遠ざけていました。戦争に対して知識がなさすぎて、フィリピン戦線と言われたところで関心を持てなかったというのもあります。

ですが近ごろ太平洋戦争のそういった局面を映画で見る機会が増え、さらに大林宣彦チルドレンとしての塚本晋也監督に興味が高まり(不純)、これはいつか必ず観ないといけない作品だろうと思うように。そしてちょうど毎年この時期におこなっているというリバイバル上映の報が目に入ったので、今だな、と立川シネマシティまで観に行ってきました。塚本監督のコメント映像付きでした。

映画の舞台は太平洋戦争末期、フィリピン戦線のレイテ島。戦況の圧倒的な悪化で島に取り残されたかたちの日本兵たちがもはや生ける屍となって生死の境をさまようなか、どうにか正気を保って生き抜こうとする主人公・田村一等兵塚本晋也視点の物語です。

本作は、高校生の頃に原作小説を読んだ塚本監督が20年来映画化構想を持ち続けていたという作品。その念願が叶ったのは戦後70年を迎えた2015年、太平洋戦争の戦場を経験した生き証人の方々がもう若くとも90代に突入してしまうという危機感から、また3.11の原発事故をきっかけに切実に感じ始めた「戦前」の悪寒から(大林監督と同じですね)、いま作らなければという衝動に駆られてようやく製作、完成させたのだそうです。

この映画、一言でいえば「地獄」。87分という短尺ですが地獄には長すぎる、というのが真っ先に感想として出てきました。ふらふらと映画館を出てきて、とりあえず糖分欲しさに缶コーヒーを飲む、そんな映画でした。

それだけであれば想像通りなのですが、想像と違ったのは意外とエンタメ性が高かったことです。わかりやすいところで言うと、今年のアカデミー賞を賑わせた『1917 命をかけた伝令(2019)』に(あちらは第一次世界大戦の話ですが)よく似ています。というかあれがよく似ています。つまるところ戦場疑似体験ものです。具体的には、死体がごろごろ転がっているなかを延々歩いていくライド型アトラクション系の映画だったんです。あれっ、エグいけど意外と楽しめるじゃん、と前半は思っちゃいました。

しかし最後までそうはいきません。連日の機銃掃射から運良く生き延び続けた主人公ら数人は、肉体的にもそして倫理的にも限界点を突破します。人肉を喰う、という選択肢が有効になるのです。これ普通だったらただの「趣味の悪い映画」なのですが、おそろしいのが本作の場合、それがやむをえない選択に、なくはない選択に思えてしまう瞬間があるというところ。観た人にしか分からない話ですけど、わたし「肩の肉」が「美味しそう」に見えましたからね。あの瞬間、あ、この映画すごい、と思いました。正気で観ていたはずなのにいつの間にか常軌を逸している。

他に印象的だったのは、機銃掃射を受けた兵士たちがそれはもうバリエーション豊かなスプラッタの極みで死んでいくシーン。腕が吹っ飛ぶ、脚が吹っ飛ぶ、顔が半分吹っ飛ぶ、脳味噌が飛び出る、腸が飛び出る、それが踏まれる── あまりにも残酷なシーンですが、でも同時に納得でもありました。昔の戦争映画って結構、機銃掃射でコロッと死ぬじゃないですか。あんなはずないよなと思っていて。本当はこっちだろうな、っていう感じなんですよね。

なお、ちょっと今さらっと書いてますけど、実際はこれ硬直状態で観てました。「終わんねえな、87分が終わんねえな」とじりじりしながら観てました。つまりかなり怖いです。ただ、観て良かったともすごく思いました。いい映画を観たとすら思います。前述した『1917 命をかけた伝令』も秀逸な戦争疑似体験映画ですが、『1917』観てるけど『野火』は未見だよという方がおられたら、終戦75年のタイミングでこちらぜひご覧いただきたいです。映像のクオリティも全然負けていません。

(2020年129本目/劇場鑑賞)

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