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京都国際映画祭2020の大林宣彦監督特集を観た③【「この空の花」「野のなななのか」メイキングと、特別対談】

この記事の続きです。

京都国際映画祭2020の特集大林宣彦の玉手箱─ワンダーランドな空想映画館─』では、メイキング・ドキュメンタリー作品も上映(配信)されていました。ここではメイキング2作品と、映画祭の特別対談について書きます。

目次


映画の根「この空の花─長岡花火物語」全記録 或る都市の「志」の物語

この空の花─長岡花火物語(2012)』のプレミアム版DVDに特典として収録されているメイキング・ドキュメンタリーですが、現在入手困難。すごく観たかったので本当にありがたかった……。ただしこれ、なんと約6時間あります。短い会期内でこれを観るための時間作りは分刻みでした、はい。頑張りました。

《前編: 花の章・映画を創る》

遡ること2009年8月、初めて観た長岡花火に監督が「なぜか涙した」ことから始まった映画づくり。そのときの感動のように「脳が追いつかない映画をつくる」、それが最初のコンセプトだったようです。これ本当にすごいなと思って。というのも、『この空の花』ってまさに「脳が追いつかない」映画だし、「なぜか涙してしまう」映画じゃないですか。まったくコンセプト通りに完成してるんですよね。花火を見て、花火を作れてしまってるんですよ、大林監督は。

『この空の花』はドキュメンタリーと劇映画が混在したような作品です。その製作ドキュメントである本作は本編と表裏一体、これはこれでひとつの『この空の花』でした。たとえば映画本編では冒頭、掘り当てた焼夷弾を積んだ軽トラックに遭遇するシーンが出てきますが、おもしろいことにドキュメントのシナリオハンティング冒頭でも全く同じことが現実に起きるのです。

または紙芝居のシーン。本編では富司純子さんが小学生相手に戦争体験を語るのですが、じつは撮影時にはモデルになった七里アイさんという方がまず本物の戦争体験を語っていて、劇中で映る子供たちの顔はその話を聴いているときの顔だったりする。そしてその後に富司さんが撮影をする。子供たちの表情がすごく自然だなと思っていたシーンだったので、なるほど自然なはずだわと膝を打ちました。

この映画で非常に印象的な「一輪車」は、ドキュメントだとより印象的に記録されていて、猪俣南さんが所属する一輪車クラブメンバーの全力の一夏はただただエモーショナルです。「まだ戦争には間に合いますか」の演劇で無意識に涙してしまう一因、きっとそれは予定外の雨と濡れた路面のもと滑って転ばないよう必死に演技をする一輪車メンバー、そんなところにもあったんだろうなと思わされます。そして「さようなら」で夏休みが終わっていく。エモい、エモすぎる。一輪車クラブのためだけにでもこのドキュメントは観てもらいたいです。

そのほか、アフレコ上等な大林作品のくせしてパスカルズの演奏は雨の中の同録だったりとか、原田夏希さんのリアル断髪と奇跡の“ごろ蔵”とか、やたらバキバキだと思っていた序盤の色調は「モノクロ時代のコントラストを再現してそれに色彩がついたもの」だったりとか(超納得)、高嶋政宏さんの部屋は山本五十六の生家で撮影されていたりとか、レールに回転にとにかく撮影技法の創意工夫がすごすぎるとか、特筆特筆特筆だらけの前編・4時間半くらいでした。

《後編: 草の章・映画を上映する》

残りの時間では編集等はすっ飛ばし、上映の過程に密着。試写における猪俣南さんのアクロバティックかつ流麗な一輪車パフォーマンスのオープニングアクトからまず涙。ああ本当にこの映画は猪俣南さんと一輪車の映画だよなあ、世界広しといえども、こんなに一輪車が大事な役割を果たす映画、他にないんじゃないかと思っちゃいます。それこそMGMのエスター・ウィリアムズ映画とか、そういうジャンルの要素ですよね。おもしろいよなあ。

ところでこの映画は製作中に3.11を経ており、撮影においては絶対に東日本にカメラを持ち込まないと決めていたそうです。劇映画というのは日常のなかで非日常を撮ることであり、東日本の現在は非日常と化しているのだからそこに劇映画のカメラを持ち込むのは許されないことだ、そんなふうに語られていました。そういった想いで作られたこの映画を初めて東日本に持ち込む際の記録も収められていますし、真珠湾攻撃を率いた山本五十六の故郷長岡と太平洋戦争を描いたこの映画をハワイに持ち込む際の記録も収められています。確かに「上映する」という行為は、これもまた非常に消耗するのですね。

映画上映の旅に長岡市の市長さんが全国津々浦々ついてこられるのも印象的でした。それはただ協力的とかいうレベルをゆうに超えていて、大林監督と地域の繋がりはかなり特殊なものに思えます。劇中で市長を演じた村田雄浩さんと市長がすっかり仲良くなってしまい、ときに公式に代役を務めてしまったりしているのも可笑しかった。

またこのドキュメント、おもしろいのは次作『野のなななのか』へとシームレスに繋がっていくことです。『野の〜』主演の常盤貴子さんが長岡花火の会場(『この空の花』完成後の)で憧れの大林監督と初対面を果たしたエピソードは有名ですが、そのときの写真も見れます。そして『野の〜』の製作が始まってゆき、「まだ戦争には間に合いますか」に呼応する「まだ間に合いましたか」という台詞で常盤さんはクランクインするわけです。ゾクッとしちゃいます。

ううむ、「まあ詳しくは観てください」と言えないのが苦しいところですね。願わくば全部書きたい。しかしきりがないので、特典映像付きで『この空の花』Blu-ray版がリリースされることを祈るとしましょう。最後にひとつだけ言っておくと、6時間は大して長く感じないです。

野のなななのか」京都国際映画祭2020メイキング特別版

「監督の元気な姿を見てもらいたくて」と、この映画祭のためにご息女の大林千茱萸さんが新たに編集してくださった約80分のメイキング。晩年の作品のなかでも特に『野のなななのか(2014)』が好きなわたしとしてはたまらない一本でした。

撮影はほぼ順撮りだったようで、寺島咲さんが家に帰ってくるあのオープニングシーンからメイキングも始まります。全体的に明度の低い映画なのだけど意外と撮影時は明るいんだなとか、複雑に絡み合うような会話劇は編集ではなくその場で同録しているんだなとか、珍しくこの作品においては合成があんまりチープじゃないんだなとか(雪と自転車、とか結構驚いてしまった)、電車のシーンは通常ダイヤで撮ってたんだなとか、興味深いことだらけです。

大林組に長年憧れてきた常盤貴子さんが念願の初シーンを前に待機する姿も収められています。順撮りなので常盤さんの場合、病室のドアを開けて入ってくるあのファーストシーンから大林組に文字通り入ってくることになるわけです。それも「まだ間に合いましたか」と言いながら。間に合いましたよ常盤さん。すごい。本当にラッキーガール(対談でそう自称しておられた。ちなみにクランクアップはまさかの女子高生姿で!)。

対談といえば、このシーンに関しておもしろい裏話が明かされていました。病室のドアは人力で自動ドア風に動かされているんですけど、監督がぽつりと「貴子ちゃんの役は、自動ドアが開かなくてもいいんだよね」と呟いて、それを聴いた現場全体が(そういうことか!!!!!)となったそう。映画を観た方はお分かりだと思いますがつまりそういうことですね。

影技法のほうで特に印象的だったのは、病室のシーンでカメラと寺島咲さんをめっちゃ回転させながら撮るというやつ。これ、出来上がった映像を見てもそんなふうに撮っているとはあまり感じられないんですけど、でも確かに印象には残る映像なんですよ、こんな技法を使っていたとは。ていうか技法以前に、「このシーンはこの撮り方でいこう」と考えている監督がすごい。どうやったらその考えに行き着くのか。百聞は一見にしかず、早くこのメイキングが何らかのかたちで再リリースされてほしい……!!

スペシャル企画 常盤貴子×大林恭子×大林千茱萸 鼎談

晩年の大林組を代表するラッキーガール常盤貴子さん、監督の奥様でありプロデューサーであられる大林恭子さん、監督と恭子さんのご息女であり京都国際映画祭2020の大林監督特集をプロデュースされた大林千茱萸さん、のお三方による対談企画。約80分。

こちら、じつはその内容の多くをここまでの感想のなかに盛り込んでしまったためあらためて書くことはほとんどないんですけど、印象的だった言葉をいくつか。

「大林とは63年間、一緒に映画をやってきました」
──恭子さんの自己紹介。全てを物語っている。

「映画から離れるということはなかった」
──映画から離れた家庭人としての大林監督はどんな人?という問いに対する千茱萸さんの即答。

「80年代は睡眠時間2時間の10年間だった」
──大林監督が80年代どれだけ多忙だったかという話。「映画を作っていると、映画が見られない」ともボヤいていたそう。

「『この空の花』には出てないのね」「はい(笑)」
──長岡で出会った印象が強すぎて、『この空の花』に常盤さんが出ていると思い込んでいた恭子さん。

大林組は約束だけで生きている」
──今度一緒に映画を撮ろうね、と長岡で約束してもらった翌年に早速お声がかかり、口頭の約束を守ってもらえたことに感動したという常盤さんに対しての、恭子さんの言葉。

もう何時間でもやってほしい対談でした。あと、「鼎談(ていだん)」という言葉を初めて知りました(三人で向かい合って話すこと、だそう)。

というわけでここまで3つの記事に分け、京都国際映画祭2020で観ることができた大林宣彦監督関連作品について乱文をしたためてまいりました。なお幸運なことにこの直後、舞台挨拶の場で大林千茱萸さんにお会いし、「全部観ました!」のご報告と御礼をすることができました。

続く記事では、2020年10月18日、埼玉県は深谷シネマさんにておこなわれた『海辺の映画館─キネマの玉手箱(2020)』の舞台挨拶とその他諸々について書きます。