内田吐夢監督の映画「宮本武蔵」シリーズ全5作を観た/入江若葉さん演じる「お通」のこと
1961年から1965年にかけて「1年1作」で作られた、内田吐夢監督の映画『宮本武蔵』シリーズ全5作を一気見しました。最初の3作は短めでサクサクいけるのと、毎回あからさまな「続く!」で終わるため、ドラマ感覚であっという間に完走。
ちなみに「わりと夢中で時代劇を観る」というわたしらしからぬ体験をした直後に観たのが、女子高生が時代劇を撮る映画『サマーフィルムにのって(2020)』。これはお導きでしょうか。
でもなぜ急に宮本武蔵? もちろん経緯がありまして、先日大林宣彦監督の『海辺の映画館─キネマの玉手箱(2020)』の音声ガイドを作らせていただいた話を書きましたが、『海辺の映画館』には宮本武蔵のくだりが出てきます。品川徹さん演じる武蔵の生首が喋ったりするシュールな場面です。
しかし恥ずかしながらわたし宮本武蔵のことに疎すぎて、深掘りしないままかなり薄いガイドを作ってしまっていました。後日そこを音声ガイド界の大先輩から「あ、知らないんだな、って思った」と痛いご指摘……。遅ればせながら、本当に遅ればせながら、勉強のつもりで観ることにしたのでした。
『海辺の映画館』では、武蔵を慕うヒロイン「お通」が老いた姿で登場します。この「お通」を演じたのは大林組常連・入江若葉さん。なんと、内田吐夢監督の『宮本武蔵』シリーズで半世紀以上前に「お通」を演じていたご本人です。武蔵を描いた映画はたくさんあると思いますが、わたしが観るならこれしかあるまい。そういう事情です。
「お通」云々については最後に触れるとして、まずは映画5本ぶんの感想からどうぞ。
目次
第1作「宮本武蔵(1961)」
武蔵がまだ「タケゾウ(読みが違うだけ)」だった頃の物語。開始数分でぶっ込まれる「血吸いマダム」に戸惑う。えっ、こういう映画??
衝撃はまだまだ続き、シリーズ通して武蔵を追い回す狂気の老婆、黒すぎる僧侶、見せしめで巨木に吊り下げられっぱなしの武蔵、血の滴る天守閣、突然の幽霊、次回へ続く!感。あ、こりゃ面白いやつですねと十二分に心を掴んでくれる1作目。ゴジラみの強すぎる伊福部昭も聴きどころ。
5作通して武蔵を演じるのは萬屋錦之介さん。1作目では『七人の侍(1954)』の菊千代を思わせる獣のような男だが、2作目から改心して別人になるのが可笑しい。
「シリーズ通して武蔵を追い回す狂気の老婆」こと「お杉」を演じているのは浪花千栄子さん。なんか見覚えのあるお名前だと思ったら、朝ドラ『おちょやん』で杉咲花さんが演じたヒロイン「竹井千代」のモデルとなったお方!! お千代!お千代だったのか!! ものすごく強烈な役どころだっただけに、今ものすごく衝撃を受けています。
黒すぎる僧侶「沢庵」を演じるのは三国連太郎さん。「たくあんさん」という響きとは裏腹に、とてもかっこいい。1作目で最も魅力的なサブキャラ。ちなみに食べ物のタクアンはこの沢庵さん(実在の人物)に由来しているとか。いぶりがっこのほうがイメージとしては近い。
入江若葉さん演じるヒロイン「お通」はこの第1作から登場。一人だけ違う空気を吸っているような純朴きわまりない感じが魅力的。若葉さんの面影は、まだあまりない。お通はてっきり武蔵の許嫁・恋人かと思っていたので、そういうわけではなかったのも驚き。
第2作「宮本武蔵 般若坂の決斗(1962)」
天守閣の牢に3年間幽閉されていた武蔵が、書物から学んで生まれ変わりすっかり心を入れ替えて出てくるところから始まる。って変わりすぎィ!(ついでに音楽も伊福部さんではなくなる)
約束通り1,000日待っていたお通を彫刻スキルで泣かせる武蔵。心は清いが剣術はハチャメチャ強くなっている武蔵。「お怪我の具合は……」「即死!」「えっ」(好きなシーン)。最後の最後には首も飛ぶバイオレンス映画だが、ほのぼのロードムービー要素があったり、血吸いマダムの母娘が再登場したり、シリーズものの楽しさをしっかり押さえている2作目。
入江若葉さん、1年経って今回は面影あり!(お顔が変わったというよりは、角度とか表情なのでしょうけど) ひどい振られ方をしてもまだ傷は浅く、清涼感漂うほのぼの要員です。
最後なんて言った?(武蔵がなんか痛切に叫んで「終」のパターン多い)(だいたい割れてて聞き取れない)
第3作「宮本武蔵 二刀流開眼(1963)」
毎回しっかり前作のラストから始まるのが律儀。ただ今作の場合、前作のラストは大量虐殺シーンだったので死体の山からスタートすることになる。
さて、ここにきて遂に佐々木小次郎が登場! 半分くらいは小次郎メインの話となり、3作目の余裕なのか武蔵の出てこない時間が長い作品。また予算面でも余裕が感じられ、船のシーンでは大空を舞う海鳥がアニメで合成されていたり、モブの人数が異様に多かったりと、かなりビッグバジェットな印象を受けた。
映像もいちいち美しく、薄靄のかかった淡い画作りはシリーズ通して特徴的だがより磨きが掛かっている。「何か叫んで終わる」定番のラストも、今作では作風の強さと芸術性の高さがキレッキレ。こう書いてみると、最も出来がいいのはこの3作目かもしれない。
佐々木小次郎を演じるのは高倉健さん! そのイメージとは違い、常に人を見下しているキャラクターなのがかなり意外。口元歪みまくりで高飛車、こんな小次郎なら敗れてほしい。でも同時に超かっこいい。
ラスト、主要人物たちがばったり全員集合する橋のシーンは『街の上で(2021)』みたいで笑った。京都、狭すぎ。
第4作「宮本武蔵 一乗寺の決斗(1964)」
スチルとイラストを使った「前回までのあらすじ」が印象的。元日が公開日の正月映画らしいのだけど、お話は結構シリアス。「琵琶」のくだりもかなり風変わり。なにより、あんなに純朴だったお通さんが今作ではとても悲しい顔をする。つらい……。
73名の敵に武蔵が一人立ち向かうクライマックスは、いきなり子供を殺すというタブーから始まり、二刀流の構えでひたすら田んぼを突っ切っていく逃げの戦法が正直かなり格好悪い。入れ替えた心はどこへやら、結局タケゾウの顔に戻っているのである。坊さんたちにめっちゃバッシングされながら俺は悪くねえ!!と幕引き。正月映画……。
おなじみ狂気ストーカーおばばの生命力も果てしなく、いつまでも元気にアンチ武蔵活動をしているのがすごい。そして武蔵に遭遇するたび殺気全開で襲いかかっていくのだけど、武蔵は毎度「おお、ばあや〜」と笑顔で迎え入れるのみ。ばあやが無力すぎて泣ける。
第5作「宮本武蔵 巌流島の決斗(1965)」
ついに佐々木小次郎との対決「巌流島の決闘」が描かれる完結作。しかし5年の間に映画業界もだいぶ変わったらしく、あわや打ち切りなところどうにか執念で終わらせたらしい。冒頭10分たっぷりダイジェストなのはそのへんもあるのかな……。
とはいえ事情を知らなければ「ちょっと地味だな」程度にしか思わない、クオリティラインはしっかり守られた作品。お通は前作に引き続き影が差しまくっており、つらい。幸あれと願うばかり。巌流島の決闘を終えてそそくさと帰っていく武蔵が吐く最後の言葉「所詮、剣は武器か!」も重い。
お通が繋ぐ、映画と戦争の歴史
ここまで全5作を観てきたことにより、大林監督の『海辺の映画館』に出てくる入江若葉さんの「老いたお通」はかなり感慨深く見れるようになりました。老いた武蔵と一緒にいることがまず嬉しいし、「あなたたちの時代にはもう刀なぞないといいわね」という台詞も重みが段違い。そうか、そういう文脈だったのか……。ネット上に参考資料を残しておきたい気持ちもあり、少し長めですが以下に「ユリイカ」大林宣彦総特集号に寄稿された入江若葉さんによる追悼の文章を一部引用させていただきます。
東京に戻る新幹線の中、私はずっとお通でデビューした頃のことを思い出していました。内田吐夢監督の『宮本武蔵』で、武蔵は萬屋錦之介さん、小次郎は高倉健さん、その他にも著名な俳優さんがずらりと名を連ねられた作品の上、一年に一作ずつ五年で完結という大作でした。映画界は大盛況、東映京都の撮影所も活気に満ちあふれてのスタートでしたが……。
五年の間に映画界は思いもよらぬ不況に入り、会社の方針も変わり “完結編”は中止となるところを内田監督の熱意で完成に至ったとのことでした。“完結編”の撮影中、内田監督の体調は必ずしも万全ではなく、酸素ボンベを用意した、私服の看護師さんが付き添われていることもありましたが。
情熱は決して変わることはありませんでした。
そして今、巌流島の決戦前の別れの場面で「剣は無情だ」と言う武蔵にお通が「無情なのは剣ではなく、あなたの心です」「人を殺して何が正義か」と訴える場面があったのを思い出しました。それは内田監督の思いをお通に言わせられたのだという気がしました。
戦地に抑留された内田監督、幼少期に戦争体験をされた大林監督、お二人が戦争の恐ろしさ、無残さ、その中で翻弄され犠牲になられた多くの人々への哀悼を共に渾身の力を込められた作品に、六十年もの歳月を経て、同じ役柄に恵まれたことも、改めて心に深く刻んでいます。
(「ユリイカ」大林宣彦総特集号 p219-220より)
これまであまり深く考えていなかったあのシーンですが、今はちょっと胸が熱くならざるを得ません。ただこれ、感慨をぶち壊すようなエピソードもあって(笑) 今度は「大林宣彦メモリーズ」より、関係者たちの語った裏話をやはり引用しておきましょう。
内藤(忠司) 大林さんは最初、常盤(貴子)さんを宮本武蔵(品川徹)に寄り添っている老女・お通の役で考えていたぐらいだもの。それを知ったので「大林さん、お通は常盤さんじゃないでしょ。大林組には本物のお通さんがいるじゃないですか」って言ったの。
小中(和哉) 入江若葉さんですよね。内田吐夢監督の「宮本武蔵」(61〜65)でお通を演じていますから。
内藤 そうしたら大林さんは「だから内藤はオタクだ!」って怒っちゃって(笑)。「いまどき、若葉さんがお通を演じていたことを知っている若い人なんていない。若葉さんがお通だったら、武蔵は(中村)錦之介さんじゃなきゃダメだろう。それができないんだから」って、ものすごい剣幕だった。ところがしばらくして印刷された台本を見たら、「お通=入江若葉」になっていた。
小中・三本木(久城) (大笑)
──そんなことを知らない人は「さすが大林監督だ」と思ってしまいますよね。
(「大林宣彦メモリーズ」p498「特別鼎談〈第二部〉『海辺の映画館─キネマの玉手箱』篇」内藤忠司(脚本) 小中和哉(脚本) 三本木久城(撮影・編集・合成)」より)
ファンが思う「大林監督らしさ」ってじつはスタッフが作ってることも多いんですよ、と続いていくこのお話、非常におもしろく読みました。
さて今回こんなことでもなければ絶対に観なかったであろう『宮本武蔵』シリーズ、実際観てみるとかなり面白く、内田吐夢監督の作風もとても好きなものでした。観れる作品はそう多くなさそうですが他の作品も観てみたいです。
また、もし今後も音声ガイド作りに携わるのであればもっともっと調べる習慣を付けないとだめだと大反省するとともに、解像度を上げていくことでいくらでもおもしろさが増していく映画というものに、あらためて奥深さを感じるのでした。
(2021年131-132,134-136本目/U-NEXT)
「大林宣彦メモリーズ」は昔の電話帳レベルに分厚い鈍器でさすがのわたしも買い控えていたのですが、バリアフリー版公開のお祝いにと関西に住む腐れ縁の友人が贈ってくれました。まだ半分も読めてないけど、吉田ありがとう。