「ジャンゴ 繋がれざる者」のオープニングを眺めながら、いや今日はこの気分じゃない。変えよう。つって切り替えたのがこちらの作品になります。こっちの気分になるのもどうなのよと思いつつ。ホロコースト関連の映画です。
否定と肯定(2016)
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発端は1993年。ホロコースト学者のデボラ・E・リップシュタットが自著の中でデイヴィッド・アーヴィングというホロコースト否定論者について「嘘つき」と批判したことを受け、アーヴィング本人が名誉毀損でリップシュタットを訴えるという事件がありました(アーヴィング対ペンギンブックス・リップシュタット事件 - Wikipedia)。
リップシュタットはアメリカ人でしたが、イギリス人であるアーヴィングはイギリスの裁判所にこの訴えを出しました。イギリスの法律ではなんと、訴えられた側が自分の無罪を証明しなければならないのだとか。問題が問題なだけに無視するわけにもいかなくなったリップシュタット側は、イギリスへ飛んでアーヴィングと戦うことになります。
これ厳密には「ホロコーストの有無」ではなく「ホロコースト否定説を唱えるアーヴィングの論法は信頼できるものなのか」を審議する裁判なのですけども、ただしその過程や結果で「ホロコーストの有無」は避けて通れない話であり、もしアーヴィングが勝訴した場合それは法廷が「ホロコーストは無かった」と言っているも同然になり、…と、つまりかなり厄介、かつ各方面から注目を受ける案件なわけです。
でまあその、何年もかけたという準備段階から実際の法廷劇までを描いた映画が本作。ある程度ホロコースト関連の予備知識が必要な上に、裁判の争っているところが前述のように複雑だったりしてやや難しい作品ではありますが、とてもいい映画でした。
複雑なところに関しては町山さんの解説がかなり分かりやすかったです。たまに町山さんがかっこよく見える。
アウシュビッツ
序盤、弁護団とリップシュタットはアウシュビッツを訪れます。「一緒にアウシュビッツへ来てもらう」と言われた直後、観客もアウシュビッツに突然飛ばされるわけですが、ここがすごくて。色味が変わるとか、音がなくなるとか、それもあるけどそれだけじゃないと思う。明らかに空気がピリッと変わるんです。その場に行かないと感じ取れないものがある、というその感覚をこんなにも疑似体験できるんだなと驚きました。
もしかすると「舞台がアウシュビッツに飛ぶ」タイプの作品は初めて観たかもしれません。最初からアウシュビッツか、そうでなくともホロコーストの最終到達点としてのアウシュビッツか。現代のアメリカからいきなり飛ばされることでこの強烈な映画体験ができたのかも、です。
アウシュビッツはいつか実際に訪れてみたい場所のひとつでしたが、その気持ちが強まってます。3年以内くらいに行きたい。って書いとく。
レイチェル・ワイズのリップシュタット
弁護団から与えられた「アーヴィングはあなたを貶めようとしているから証言台に立ってはいけない」というルール。町山さんの解説だとすごく腑に落ちたんですけど、映画のなかの描写としてはレイチェル・ワイズのリップシュタット、単に「あなた感情的で事故るから黙ってなさい」なふうにしか見えなくて、プロの言うことを聞かないリップシュタットにわりと苛ついちゃいました。
「良心を他人に委ねる辛さ」とか「人に頼らず生きてきた」的なセリフが出てくるようになってからは(リップシュタットも映画的に気持ちを改めるし)そうよね〜って感じで気持ちよく観れるんですけどね。原作本だと前書きの部分で早くも「自立した人生を大きな誇りとしてきた人間にとって(中略)、これは耐えがたい苦痛だった」という言葉が出てくるので、映画でもそこの描写をちょい足ししてくれたら感情移入しやすかったかな。
そういえば、アーヴィングは弁護士を雇わず自分で自分の弁護をしてました。ってところで連想したのが最近旬なチャールズ・マンソン。彼も自分で自分の弁護をしてたんですよね。詭弁家にはそのほうが立ち回りやすいんですかね。
否定と肯定 ホロコーストの真実をめぐる闘い(著:デボラ・E・リップシュタット/訳:山本やよい)
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映画版でやや難点と感じた「リップシュタットに感情移入しきれない」問題は、こちらだと書き込みが深いので問題なし。「あなた感情的で事故るから黙ってなさい」には変わりないものの、やはり映画の2時間じゃこの件を扱うには尺が足りないですね。
発言できない閉塞感から解放されるラストの記者会見、ここまで長い付き合いがあったのに公の場での発言を聞いたことのなかったリーガルチームが「君、こういうの得意だったんだね」と感心するのがおもしろくて、ちょっと涙腺も刺激します。リーガルチームとの絆は映画以上に描かれていて、淡々とした中にもドラマを感じられる一冊です。
登場人物の顔を想像しやすい=読みやすいという意味でも、映画を先に観て、この本でより深める、というのがおすすめの順番かと思います。語弊はありますがすごくおもしろく、ページをめくる手が止まらない本でした。
(2019年97本目)
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