映画「ミナリ(2020)」感想|表面的に観ても味わい深いが、町山さんの解説を聴くと数段深まる。
現在公開中の映画『ミナリ』を観ました。主演のスティーヴン・ユァンはじめほとんどのキャストが韓国系ですが舞台はアメリカで、お馴染みA24とPLAN B製作のアメリカ映画ということになっています。
ポスターなどに書かれている最低限のあらすじは「農業の成功を夢見て韓国からアメリカのアーカンソー州へやってきた一家」。実際の内容もだいたいそんな感じですけども、予告で見た印象とは結構違う映画でした。
予告では特にあの、寺田心くんみたいな男の子があんま好きじゃないな〜と思ってて(ごめんね)。観てみると案外あっさり好きになっちゃったんですが。じつはこの子が実質の主役なのですよね。
本作は監督のリー・アイザック・チョンさん*1の幼少期を下敷きにした自伝的作品だそうで、移民という境遇しかり「祖母と孫」しかり、同じA24の『フェアウェル(2019)』なんかとすごく近いのかもしれません。
劇中の半分かそれ以上は韓国語が使われている作品ですが、移民の物語であること、後述しますがキリスト教と深く結びついた作品であることなどから普遍的な評価を得ており、そんなわけで今年度アカデミー賞でも多部門ノミネートされているということのようです。
どこへ向かっていくのか、とハラハラ
序盤から意外な不穏さに満ちた映画で、え、これどこに向かっていくの?と結構はらはらしました。予告のイメージが強くて、あのシーンはどこに出てくるんだろう、ってのも大きかったです。なにせ納屋がバーニングするところまで出てますからね。あそこで『バーニング 劇場版』のスティーヴン・ユァンとクレジットされるのは狙ってるとしか。
バーニングな予告編情報を知ったうえでまず不穏なのが、孵卵場でいきなり見せられる衝撃的な「煙」。それから寺田心くん(似)の持病。なんか十字架背負ってるシーンも予告にあったな、なんて思い出したりして。わりと最悪の事態ばかり想像してしまう序盤でした。
この予告が結構いじわるに(誤用の「確信犯」的に)作ってあって、筆頭があの「神に感謝してる」おじさんですよね。そこのタイミングなんかーい!っていうシーンを切り取ってる。嘘じゃないんだけど、むしろそのまんまなんだけど、文脈が想像とはまるで違う。思わぬタイミングで神に感謝されてしまったため、ハッピーエンドも望みにくくなって余計はらはら。う〜ん、予告芸。
韓国のメリル・ストリープ、韓国の樹木希林ことユン・ヨジョンさん演じるおばあちゃんも、最初はいなくて。満を時して出てきたと思ったら×××がブロークンとか何言わせてんねん!なコメディリリーフ的存在でおったまげて、でも後半そのギャップが効いてくるんですけど。まあとにかく、思ってたほど素朴な物語ではないな?という独特の不穏感が終始漂う映画でございました。
また多くを語らない説明描写も巧みで、冒頭何度も繰り返される「走らないで」が3回目くらいで理解できるようになっていたりとか、「レーガン」の一言だけで時代背景を説明していたりとか(舞台が田舎なので、あの一言がなければ現代の話だと思っていたかも)、「朝鮮戦争」の四文字だけで登場人物たちの背景に様々な推測がつく仕掛けだとか。例のおじさんの補助輪付きゴルゴダなんかも、その背景を知るときっと戦時中の何らかの贖罪なのだろうなと読めたり、とか。
しかし、この作品に込められているのはまだまだそんなもんじゃなかったのです。
必聴、町山さんのポッドキャスト
今回もうちょっと深く知りたいなと思ってパンフレットを買ったんですけど期待していたほどの深い解説は得られなくて、そういえば映画評論家・町山智浩さんがポッドキャストを上げてたなと。
町山さんのこのポッドキャストは結構よく聴いているのですけど、いや、今回のは屈指の「目から鱗」でした。ざっくり言えば「聖書から紐解く『ミナリ』」なんですが、深読み考察というよりは、インタビュー等で監督が発言していることをさらに分かりやすく解説したもので、町山さん曰く「本来パンフレットに載っているべき解説」なのですね。
でまあ、依頼がなかったので書かなかったけど(憎まれ口が町山さんぽい。好きなのでわざわざ敵を増やさないでほしい笑)蓋を開けてみたらパンフレットでは全然そのことに触れられてなくて、こんなことなら書きますアピールしとけばよかったと後悔しつつの、使命感に駆られた解説公開、ということだそうです。
以前『哭声/コクソン(2016)』とかそのあたりでも書きましたけどわたし育った環境がキリスト教系だったので子供の頃から聖書の内容はひととおり読んだことはあって、ただそこから映画の読み解きに繋げられるほどの記憶力や洞察力はなくて。だからこそというか、町山さんが挙げていく聖書のあれこれ、言われてみると全部知ってて「あ・れ・か!!!」って目から鱗だったんですよね。
町山さんの名著『〈映画の見方〉がわかる本』の前書きに、こんな言葉があります。p1〜3より抜粋して引用します。
(前略)映画や音楽や絵画は、人間が作るものである以上、作品の表面に直接は描かれない作者の意図、もしくは作品の背景が必ず存在するのです。
(中略)「そんなこと言われても」と文句が言いたくなる人もいるでしょう。(中略)ご安心を。それを代わりに調査するのが本書です。映画に関する文章でメシを食う者の仕事です。試写室で観た映画の感想文を書いてるだけじゃバチが当たります。
初めてこの本を読んだときから、この最後の一節がとても印象に残っていました。そして今回の町山さんの解説はまさにこの一節を体現したものだと思います。
有料ポッドキャストですがお値段は220円とパンフレットの4分の1で、収録時間も約70分と濃密。聴くサブテキストとして、非常におすすめです。
(2021年53本目/劇場鑑賞)
『ミナリ(미나리)』とは韓国語で「セリ(芹)」のことだそう。最近韓国語の勉強を始めたのですが、聴き取れるワードが増えていてちょいと感動しました。しょっちゅう出てくる「한국사람(ハングク-サラム)」は韓国人。ちなみに日本人なら「일본사람(イルボン-サラム)」。저는 일본사람입니다. チョヌン、イルボンサラミムニダ。わたしは日本人です。「軍事国家ミャンマーの内幕(2019)」感想|そもそもよく知らないミャンマーとアウンサンスーチーのことが知りたくて
ドキュメンタリー専門配信サービス「アジアンドキュメンタリーズ」にて『軍事国家ミャンマーの内幕』を観ました。
ライムスター宇多丸さんが「アトロク」で何回かおすすめしていて、今きっとその経由で視聴数も増えている作品じゃないでしょうか(Spotifyはこちら。6:00くらいから本作の話をしています)。
ここ最近ミャンマーが大変なことになっているのはニュース等でなんとなく知っているけど詳しくは全然知らないし、アウンサンスーチーさんについても名前はよく存じていながらやはり全然知らないなというレベルだったので、初歩的な知識から直近2019年時点の情勢まで見れる本作はとてもいい教材でした。
様々な「そうだったんだ」がありましたが、特に驚いたのはアウンサンスーチーさんの最終的な役職「国家顧問」。彼女はミャンマーの憲法(軍部が狙い撃ちで制定した条項)によって大統領への道を閉ざされており、じゃあどうするのかっていうと、なんと「大統領より上位の役職を作ってしまう」というウルトラC、それが国家顧問。なんじゃそりゃ、すごい。
最終的な役職とは書いたものの、2021年現在はくだんの軍事クーデターにより国家顧問のポストごと消されて実質剥奪状態にあるそうです。少し遡ると2017年には、法の抜け穴を整備して彼女のために「国家顧問」を作り出した顧問弁護士が白昼堂々と殺害される事件も。フィクションのようなことが次々に起きています。
また、一見小難しそうに思える「ロヒンギャ問題」なども彼女の生い立ちから順を追って説明してもらうと案外すんなり理解できる話で、勝手に平和のシンボルみたいな印象を持っていたけど単純にそういうわけでもないんだなと。若い頃のアウンサンスーチーさんのほうがビジュアルと中身のイメージが一致しているかも。
そんなわけでミャンマーのことをいくぶんか身近に感じられるようになったのはいいんですが、最新の状況が状況なだけに心配も増してしまって、一体どうなるんでしょう。注目していきたいと思います……。
(2021年52本目/アジアンドキュメンタリーズ)
月額990円のサブスクリプションのほか、単品購入でも視聴できます。
ミャンマーとアウンサンスーチーさんのことが書かれている、本家「そうだったのか」はこちら。鑑賞後に読み返したのですが、一度映像として見ると文章でもすんなり入ってきますね。

- 作者:池上 彰
- 発売日: 2008/06/26
- メディア: 文庫