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主に映画の感想文を書いています

三宅唱監督「夜明けのすべて」のはなし。

三宅唱監督の最新作『夜明けのすべて』をグランドシネマサンシャイン池袋で観ました。『彼方のうた』の杉田協士監督が早くから大プッシュしていたこともあり、かつ松村北斗×上白石萌音という最高すぎるキャストに、だいぶ楽しみにしていました。結論、とてもとてもよかったです。

PMS(月経前症候群)」と「パニック障害」をキーワードにはしつつ、それらを中心に置いているわけではなくて、他人に対して想像力を働かせたり思いやりを持つことで自分もいくぶんか息しやすくなるよと、そんな映画だったと思います。劇中で「人にやさしく 自分にもやさしく」という標語が出てくるのですけど、まさにこれが主題なのかなと。

また、松村北斗さんと上白石萌音さんのカムカムカップルが恋愛展開を生まないのも嬉しかったです。お互いのアパートを行き来するような間柄になってもなお、これは演出の妙でもあるのでしょうが、「そういう展開」になる気が全くしない安心感。いや別にわたし、この二人のラブストーリーも全然見たいんですけど、本作に漂う空気のなかではそんなことになってほしくなくて。万が一そうなっていたら星三つくらい削るところでした。

思い返せば序盤のシーンこそだいぶヒリヒリしていたものの、全体的にはただただ居心地のいい、毛布のような映画。このW主演キャストでこの内容に仕上げることができる今の映画界、今の時代、非常に素晴らしいなと、わたしは拍手喝采です。

試写感想「成功したオタク('24.3.30公開)」

3月30日から公開となる韓国の映画『成功したオタク』をオンライン試写で観ました。試写時点でのポスタービジュアルは、原題『성덕』が大きな文字でどんと書かれただけ(かつピンク)という「何の映画?」って感じだったのですが、これじつはドキュメンタリーなのでした。

「성덕(ソンドク)」とは、まさに「成功したオタク」を意味するスラングとのこと。日本でもこのスラングは使われているようで、意味はまあざっくり「周囲が認知してる強火オタク」って感じのニュアンスですかね。

で、じゃあ推し活のドキュメンタリーかというとまた少し違って、ずばり「“推し”が性犯罪で逮捕されてしまった“オタク”」である監督が、同じような経験をした“オタク”たちに話を聞いていく、というもの。

アイドルのみならず、ミュージシャンに俳優、映画監督etc... 同じ経験をしている人がものすごく多いであろう昨今、ありそうでなかったドキュメンタリーだな、と思いました。

難点としては、ことの発端となる「事件」が、おそらく韓国の人および韓国アイドルファンには周知の事件なのだろうけども、そうでない身からするとやや説明不足に感じることでしょうか(身近な範囲での置き換えは容易ですが)。

また、途中で「獄中の朴槿恵を支持する人たち」なんてのが出てきておもしろいんですけど(確かにそれも成功したオタクだ)、朴正煕と朴槿恵のブロンズ像が説明なく映し出されるだけ、みたいなショットなんかも韓国以外の観客にはやや不親切かなあと。あくまで韓国内向けの編集になっている感はありました。

でもほんと、自分の捧げてきた情熱と時間が全て黒塗りになってしまうこの問題というのはエンタメを愛する者なら誰しも少なからず共感を覚えられるはずで、この切り口のドキュメンタリーは興味深いです。シアター・イメージフォーラムなどで公開予定です。ぜひ。