映画「ナイト・オン・ザ・プラネット(1992)」感想|世界5都市、同じ瞬間に客を拾ったタクシー車内の一期一会な物語。
ジム・ジャームッシュ監督の『ナイト・オン・ザ・プラネット』を観ました。ジャームッシュ作品、何気に今回が初鑑賞です。なお原題は『Night on Earth』。なんとなくプラネットのほうが名作っぽくていいなと思ってしまう、珍しい邦題贔屓パターン。
本作は、松居大悟監督による現在公開中の映画『ちょっと思い出しただけ(2022)』に深く関わりのある作品です。主題歌をつとめたロックバンド・クリープハイプの尾崎世界観さんは、かつて本作に触発されバンドを始めたのだそう。そしてそんな大切な映画体験を『ナイトオンザプラネット』という楽曲に注入。かねてから付き合いのあった松居監督に何らかの映像制作を持ちかけたところ、映画になってしまったと。だいたいそんな感じの経緯と認識しています*1。
ナイトオンザプラネットじゃあって別れてから
ジャームッシュは一体何本撮った
今もあの花のとなりでウィノナライダーはタバコをくわえてる
ライターで燃やして一体何本吸った
(クリープハイプ ナイトオンザプラネット 歌詞 - 歌ネット)
映画『ちょっと思い出しただけ』は伊藤沙莉さん演じるタクシードライバーが6年間にわたり同じ日付の東京と人間模様を定点観測していくような物語です。本作『ナイト・オン・ザ・プラネット』も、同じ瞬間に客を拾った5都市のタクシー車内を描きます。
主に沈黙、ときに会話が弾むこともあるタクシーという密室空間。目的地までの道すがら、ドライバーと思わぬ共鳴が生じることもあるでしょう。しかし居酒屋のように特定の住所を持たないランダムな移動型接待空間「タクシー」は、目的地でドアが開けばそこでお別れ。そんな刹那的一期一会を何度も感じられる作品でした。
第1幕。舞台はLA。ウィノナ・ライダー演じる若いタクシードライバーが映画業界のお偉いっぽい女性をビバリーヒルズまで送ります。『ちょっと思い出しただけ』で引用されるのはこのエピソードで、会話は言わずもがな、ああこれが元ネタかというようなシーンもちょいちょい登場。乗りかけでドアを閉めようとしたり、タバコの箱を車のサンバイザーにセットしてあったり、耳にタバコ挟んでたり。あなた映画スターになりたくない?とスカウトされた彼女の、人生プラン決まってるんで!とすっぱり断る様がかっこいい。
第2幕。舞台はNY。マンハッタンでなかなかタクシーを拾えないアフリカ系の男性と今にもエンストしそうなポンコツ中年ドライバーの、ちょいとブルックリンまで珍道中。クリープハイプというバンド名の由来となったワード「ハイプ」はこのエピソードに出てきます(字幕でもハイプと出るので見逃すことはないはず)。なぜアフリカ系の彼がタクシーを拾えなかったのか、東ドイツがなんなのか、もし子供の頃にこの映画を観てたら全く分からなかっただろうな。
第3幕。舞台はパリ。ここではドライバーがアフリカ系の男性。そして乗ってきたのは、目の見えない女性。この夜とても客運の悪かったドライバーは自尊心を回復させようと「弱者」な女性にいろいろ話し掛けるのですが、彼女から返ってくるのは辛辣かつ本質を捉えた言葉たち。面食らいながらも、ドライバーは感銘を受けるのでした。最初こそキャラクターの描き方にちょっとギョッとしたものの、すごくしっかりした話でしたね。
第4幕。舞台はローマ。無線相手だろうとなんだろうと弾丸のように喋り続けるオッサン(天才的にうざい)がドライバー。爆速逆走しながら深夜の街で拾った神父に、せっかくだからと一方的に「懺悔」を浴びせかけるくだりがとにかく究極にひどい抱腹絶倒エピソード。唯一「一期一会」にしんみりしません。ローマの汚さは、フェリーニの『ジンジャーとフレッド(1985)』を思い出したり。
第5幕。舞台はフィンランドのヘルシンキ。これまでとはだいぶ雰囲気の違う寡黙なドライバーが、明け方の街で酔っ払い3人を拾います。運ちゃん聞いてくれよこいつ今日は人生最悪の日だったんだぜと絡んでくる男たちに、「本当の不幸ってのはな」と自分の話をし始めるドライバー。『ちょっと思い出しただけ』の泥酔客エピソードはこれのオマージュかもしれません。第4幕と打って変わり「刹那な一期一会」がひときわ強く感じられる、余韻の最終幕です。ただ、「不幸」の尺度は人それぞれだと思うけどね。
以上5つのエピソードはそれぞれ地球上の「同じ瞬間」でありながら、時差で少しずつ夜が明けていく感じが映画的で巧いなあと感じました。ちなみにジャームッシュ監督は日本も舞台にしたかったのだけど真昼間になってしまうので諦めたのだとか。ジャームッシュ作品に出演経験のある永瀬正敏さんは「ジム(ジャームッシュ)がこれを観て、『ナイト・オン・ザ・プラネット』の東京編が出来たねって思ってくれるといいね」と松居監督に言ったそうです*2。
(2022年38本目/U-NEXT)