めちゃくちゃ楽しみにしていた映画『ラストナイト・イン・ソーホー』を公開初日に観てきました。『ベイビー・ドライバー(2017)』のエドガー・ライト監督作品で、主演がトーマシン・マッケンジー×アニャ・テイラー=ジョイだなんてもう、どうやったって満足度100%を下回らないことは観る前から確定しています。
また本作は今をときめく大島依提亜さんがポスタービジュアル等のデザインを担当。依提亜さんがTwitterで見せてくれるビジュアルから期待値を高めるパターン、昨今多いです。『ミッドサマー(2019)』を筆頭に『天国にちがいない(2019)』『ビバリウム(2019)』『おらおらでひとりいぐも(2020)』あたりも依提亜さんきっかけでした。
エドガー・ライト監督最新作『ラストナイト・イン・ソーホー』新たに2種ポスターのデザインしました。絵のバージョンはヒグチユウコさんに主役のお二人をカッコよく描いてもらいました。映画についてのコメントは記事の最後に→https://t.co/E7H0t22myJ pic.twitter.com/TGkm3hQaRn
— 大島依提亜 (@oshimaidea) 2021年11月30日
優れたポスタービジュアルで公開前から煽っていく、なんて手法が令和の時代に使えるとは!と驚きでもあるのですが、間違いなく大島依提亜さんは映画史に名を残す人物だと思います。こんな流れ、数年前まではなかった。はず。
さて、では感想に入りましょう。大前提の結論を述べておくと「200%好きだった、と言いたいところ150%くらいにはなったが100%より下がることはない」。まず、さっきから触れているキービジュアルで期待していたものは全て供給されておりました。期待どおり以上の何物でもありません。あとは細かい物語部分が好きかモヤるか、みたいなとこで正直オマケです。わたし的には後半の展開があまり好みではなかった、でも元がどうやっても100%下回らないからな、悪くて150%よ。っていうことでございます。
好きなところの話をしましょうね。なんといっても、トーマシン・マッケンジーさん演じる主人公エロイーズが新聞紙ドレスでキュートに登場する冒頭。ファーストシーンにして早くも満足度100%達成してると言える場面です。天真爛漫な彼女がロンドンの洗礼を浴び、明らかに不穏な新生活で挫けそうになり(広間の隅っこで毛布にくるまってヘッドホンしてるとこ好き)、一転60'sムード満点な屋根裏の新居に希望を満たして……。いっときも目を離せない最高のオープニングです。
そしてわたしがこの映画で最も好きな部分、1960年代ロンドンへの誘い。点滅するカラフルなネオンのなか、レコードに針を落としてベッドへ潜り込むや無限に広がる夢の世界。妖しい魅力を振り撒くタイムトラベル・ナンバー、シラ・ブラック『You're My World』。これがファーストシーンとなるアニャ・テイラー=ジョイさん演じるサンディとエロイーズが鏡越しに重なりながらダンスホールへのステップを降りてくる、本当の「幕開け」。
このシーンを観ているとき、映画鑑賞の「幸せ」を久しぶりに味わいました。座ったままの全身が多幸感に包まれて、スクリーンと自分だけの世界になって、うわーーー好きだーーー100億点ーーーってやつです。本作『ラストナイト・イン・ソーホー』に関してはこのシーンが堪らなく好き、もうそれだけでいいと思いました。
今回初めて知った、シラ・ブラックさんの楽曲『You're My World』。この曲の持つ白昼夢感、危険な手招き、甘い香り、ものすごく強烈です(ストリングスが秘めている『サイコ』みもよくハマっています)。監督のインタビューによればそれまでモノラルだった劇伴がここで初めてサラウンドに広がるそうで、狂おしいほどの多幸感高揚感はそうやってコントロールされていたのか!と。
「シラ・ブラックの楽曲『You're My World』は(観客を1960年代に導く)タイムマシンとして使っているよ。ステレオにもあることが起きるんだ。エロイーズが60年代のストリートに踏み出す時、映画のサウンドが突然、サラウンドに切り替わるんだ(それまではほぼモノラル)。オズの国ではモノクロからカラーに変化した『オズの魔法使』の音声版といったところだね」
(自己満足にはしたくなかった…女性たちを描く『ラストナイト・イン・ソーホー』が完成まで10年かかった理由|シネマトゥデイ)
『オズの魔法使(1939)』の音声版、うまいことおっしゃる。ドアを開けた瞬間モノクロからカラーに変わるあの演出は「映画的表現」の最たるものだとわたしも思ってやみません。しかも本作の場合は本来モノラルとモノクロ寄りな過去への扉を開けると逆に音像と色彩が広がるというのがいいですね。これは「過剰なノスタルジー」への警告的意味合いもあるようで、うん、本当に危険な甘い香りがします。
「過去へのラブレターだけど、同時に警告でもある。過剰なノスタルジーを抱いて過去を振り返ったり、いかがわしい暗部の上辺を取り繕ったりするな、という」(脚本:クリスティ・ウィルソン=ケアンズ)
「過去数十年を美化するのは簡単なことだ。自分が生まれてなかった時代だとしても、“活気あふれる60年代にタイムトラベルできたら最高だ”と考えても許されるかもしれない。だけど、そこには頭から離れない疑問がある。『でも本当に最高かな?』」(エドガー・ライト)
(映画『ラストナイト・イン・ソーホー』オフィシャルサイト)
映画のルック的にもテーマ的にもすごく似たような雰囲気の作品で、ウディ・アレンの『ミッドナイト・イン・パリ(2011)』を連想したのですけど、自分の感想を読み返したら同じようなこと書いてました。
現在に生きる我々が「いいなあ昔の人は…」と過去を羨むとする。じゃあ「昔の人」たちは「今が最高!」と思っていたのか? 否、やはり同様に「いいなあ昔の人は…」と羨んでいただろう。「“現在”って不満なものなんだ。それが人生だから」。
(ミッドナイト・イン・パリ(2011) - 353log)
やや脱線しましたが、とまあそんなわけでこの「誘い」シーンがわたしは狂おしく好きです。朝からApple Musicの『You're My World』を擦り減らしています。今年観た映画でピンポイントに一番好きなシーンかもしれません。映画に囚われてしまった感覚をもうしばらく味わっておこうと思います。
はみ出し雑感
久々登場、書ききれなかった雑感の箇条書きコーナーです。
『ジョジョ・ラビット(2019)』で認識し、最近は『オールド(2021)』でも魅力を再確認していたトーマシン・マッケンジーさん。夢見たロンドンガールに感化されまくってブロンドにイメチェンするも、ロールモデルのその先は決して良いものではなかった……という闇堕ち感、よいです。パンダメイクが落ちなくなっちゃったかのようなビジュアル演出、好きです。
そして『クイーンズ・ギャンビット』のアニャ・テイラー=ジョイさん、完全に期待通りでした。延々とグラスを差し出される例のシーンにおける「みるみる闇堕ちしていく姿」は『クイーンズ・ギャンビット』で見た痛々しさそのもの。この時代のルックがあいますねえ……。
マット・スミスさんはわたし「フィリップ」としか認識していないので「フィリップww」って草生えてしまいましたね。『ザ・クラウン』のエディンバラ公フィリップ殿下、エリザベス女王の旦那さんです。可哀想なダメ男なんです。本作のジャックがお気に召した方はぜひ『ザ・クラウン』ご覧ください。
大家役のダイアナ・リグさん、ジュディ・デンチさんなどと同様にイギリスの怖いおばあちゃんって感じでいいですよね。名前を見るまで全く気付かず迂闊だったのですが『ゲーム・オブ・スローンズ』のオレナでしたか! そういえば昨年亡くなっていたんでしたね……。本作が遺作となったそうです。図らずも、という感じのラストシーンです。
撮影監督のチョン・ジョンフンさん、韓国の方?と思ってプロフィールを見たらなんとパク・チャヌク組!! 『オールド・ボーイ(2003)』以降のパク・チャヌク作品を全部撮ってる方でしたよ、なんてこった。そりゃ好きなわけだ……。
最近ホラーに耐性付きまくっているので怖いとかいうことは全然なかったのですが、屋根裏部屋に入り込むネオンの光から青が消えて「赤→白」の繰り返しになったときはゾゾッとしましたね。それにしてもああいうネオンの光ってよくある演出ですけど、遮光しないんかいと思ってしまいます。
映画館から出たら、週末行く予定だった美容院が近隣の火事でしばらく休業という連絡が来ていて、そちらにもゾッとしました。火の元には気をつけねばと身を引き締めた次第です。
(2021年212本目/劇場鑑賞)
追記:本作に影響を与えた作品についての感想記事も書きました。