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映画「沖縄 うりずんの雨(2015)」感想|何も知らなかった沖縄のこと、知らないといけない沖縄のこと。

映画「沖縄 うりずんの雨」ポスタードキュメンタリー映画『沖縄 うりずんの雨 改訂版(改訂版の公開は2019年)を観ました。

6月23日「沖縄慰霊の日」に合わせたシネマ・チュプキ・タバタの特別プログラムで本日6/29まで上映されていた本作。昨日、滑り込みで観てまいりました。ただあまりに滑り込みだったもので上映時間も何も把握しておらず、やけに膀胱がアピールしてくるなと思ったらなんと2時間半の尺。

その内容は太平洋戦争の沖縄戦から現在進行形の問題までをカバーし、さらにはアメリカ人監督ジャン・ユンカーマンさんが独自に調査した米軍兵視点の情報も多数含まれているため、かなり重たい部類のドキュメンタリーと言えます。

そんなわけで、観る前の気持ちとしては単に「沖縄のことをもっと知れたらいいな」くらいのライトな姿勢だったのですが観賞後はただただ自分の無知に恥じ入るばかりでした。チラシの裏面には「私たちは沖縄のことを、どれくらい知っているのだろう?」との問いかけ。「何も知らなかった」と返すほかありません。

まずどれくらい知らなかったかというと、6月23日「沖縄慰霊の日」を知らなかったレベルです。宮内庁のウェブサイトには戦没者慰霊に関する「忘れてはならない4つの日」として広島長崎原爆投下日、終戦の日、そして「沖縄慰霊の日」が掲げられています。でも、正直知りませんでした。聞いたことはあっても、意識したことはありませんでした。

一般的な終戦の日は1945年8月15日ですが、沖縄はそれより2ヶ月弱早い6月23日に事実上の敗戦を迎えます。日本の本土は1952年にアメリカの統治下を離れ「戦後」のフェーズへと移行していきますが、しかし1972年までアメリカの統治下にあった沖縄は、本土が高度成長期だのオリンピックだのと高揚している間も依然「敗戦国」としての代償をひとり払い続けていたのです。

これ、もちろん最たるものは「基地問題」になるわけですけど、「基地」がなぜどのように「問題」なのか、その肌感覚な部分というのはやっぱり全然わかっていなくて、かといって本作を観たことでそれをわかりやすく言語化できる気もしなくて、そして当然それ以外にも問題はあって、とにかく観てもらうしかないのかなと思います。

自分が恥ずかしいなと特に思ったのは、例えば朝鮮戦争だとか韓国の民主化運動だとかそのへんのことには最近興味を持っていて、日本が華やいでた頃にお隣ではこんな大変なことが、なんて他人事みたいに驚いてたけれど、いやいやこう見ると日本もむしろ現在進行形で思いっきり分断されてるんじゃないか、と。

負の遺産とかそういうの好きで、アウシュビッツ関連の手記を読み耽ったりしていたけど、いやいやあなた、そんなことよりも、って言ったらあれだけど、負の歴史に上下も優劣もないだろうけど、でもそんなことより日本人として自国にもっと現在進行形の負があるんだってことを知ってないのは何事よ、と。

まあ本当、びっくりするくらい知らないことだらけだった、それに尽きる作品でした。観なかったら知らないままだったんだと思うと、とんでもないです。とりあえず、観れてよかったです。

この後にもう一本『ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記(2020)』という、こちらは見やすい雰囲気のドキュメンタリー(だがドスンとくる)を観たのですが、それについてはまた次の記事で書きます。

(2021年99本目/劇場鑑賞)

ちなみに「うりずん」とは──

うりずん」とは潤い初め(うるおいぞめ)が語源とされ、冬が終わって大地が潤い、草木が芽吹く3月頃から、沖縄が梅雨に入る5月くらいまでの時期を指す言葉。沖縄地上戦がうりずんの季節に重なり、戦後70年たった現在も、この時期になると当時の記憶が甦り、体調を崩す人たちがいる。『沖縄うりずんの雨(戦後70年、沖縄は問いかける)』公式サイト

沖縄がいち早く梅雨明けになると毎年うらやましく思っていましたが、これからは「明けてよかった」と安心するようになりそうです。