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主に映画の感想文を書いています

ドキュメンタリー映画「陶王子 2万年の旅(2021)」感想|陶磁器の歴史は人類の歴史、だった!

『陶王子 2万年の旅』という映画を観てきました。

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映画『陶王子 2万年の旅』ポスター

とうおうじ? 一体なんの映画? 星の王子さま? ポスターのビジュアルを一見するとそんな感じなのですが、じつはこれ、こう見えてドキュメンタリーなのです。それも「陶磁器」の。

……そう言われても美術史とかあんまり興味ないし、陶磁器の歴史なんてもっと門外漢だし、でも「2万年の人類が、大丈夫だよ、と呼びかけてくる」だとか「2021年をこのポジティブな映画で始めませんか?」だとか妙にスケールの大きなコピーが付いていて、ますますよく分からない。

と思いつつ観てみましたらば、これがまあ誇張でなく本当に大きな物語でした。たかが器、されど器。陶磁器の歴史はそのまま文明や科学の発展と驚くほど直結していたのです。この映画を観たあとは、つい「ご存知でしたか?」などと知ったかぶりしたくなること必至です。


素焼きから始まり、美しい装飾の施されたものまで、何代にもわたる「陶王子」が本作の語り部。操演とストップモーションアニメを組み合わせた小気味良い質感の彼が、2万年の旅をお供してくれます。彼の「声」はのんさんがつとめます。

詳しくは実際観ていただいて、と言いたいところではありますが上映館も限られていますので以下、鑑賞メモ的なものを箇条書きにて。

鑑賞メモ的なもの

  • 冒頭で登場する、険しく切り立った海岸線。青森にあんなダイナミックな大自然があるなんて、と度肝を抜かれた。いくら調べても出てこないのだけどあれは一体どこなのだろう。

  • 「僕の父は炎、僕の母は土。父と母はどのように出会い、僕は生まれたのだろう?」──性格の不一致を乗り越えて、史上初の「器」が、そして本作のナビゲーターたる「器の精霊 “陶王子”」が生まれる瞬間は早くも感動的。

  • 粘土は、もののかたちを写真や絵のように写し取ることができた。加熱することでそれを「定着」させることもできた。人は記録媒体としての「粘土」を用いて「火の色」すらも写し取ろうとしたのかもしれない、それが土器の始まりなのかもしれない。縄文土器が炎のモチーフなど禍々しいフォルムを持っていることにも通じる。

  • 火の色=緋の色=緋色=スカーレット。といえば、陶芸家のヒロインを描いた朝ドラ『スカーレット』。観てはいなかったのだが、なるほどそういう意味のタイトルだったのか!と腑に落ちた。そして今更ながら観たくなった。

  • 古来から人間は「火」の扱いに長けていた。しかし「焼く」だけだった頃は、まだ「器」が要らなかった。器の誕生に大きく関係しているのが「トチの実」。そのままでは毒があって食べられないが、「煮込む」ことで毒は処理できた。そのために土器が活用され、神秘的な力として崇められた。

  • 器に幾何学的な装飾を施すには「回転台」が必要だった。回転台はのちに「ろくろ」となり、「回転軸と円盤」という発明はそのまま90度向きを変えて「車輪」となり、自動車の誕生に繋がっていく。……だなんて全く知らなかった! 本作で最もびっくりした部分。

  • 敵機襲来ならぬ「鉄器襲来」により、いっとき頂点を極めていた陶器の立場は危うくなる。鉄器の強さ、耐水性、輝き、質感、音色などを求めて各国でそれぞれに研究が進んでいく。さらには「白」の追求、「青」の追求など、発色についての研究も競って行われる。

  • さながら宇宙開発戦争な「陶磁器開発戦争」が勃発していたなんてことも全く知らなかった。王様に幽閉されて死ぬまで研究をさせられた錬金術師の話とか、おそろしい。

  • さながら、どころではなく陶磁器=セラミックは耐火剤としてスペースシャトルに使用されるなど、実際に宇宙規模の存在となっている。何も大袈裟な話ではなかった。


等々。興味ないとか言ってたくせにつらつら書けちゃうくらいには面白かったです。やっぱりドキュメンタリーってすごい。ちなみに上述したやたら大きなスケールのコピーがどういう意味かというと、つまりこういうこと。

過去の人類の創意工夫、そしてしなやかな適応力って凄いな、と。でもそれ以上に、だから現在の僕たちも同じなんだよ、対応する力があるんだよ、と 2万年前から今までの人類すべてから激励を受けている気がする。
そう、今を生きる僕たちもきっと負けない、大丈夫だよ、と。

映画『陶王子 2万年の旅』公式HPより、「ポレポレ東中野」支配人・大槻貴宏さんのコメント)


(2021年90本目/劇場鑑賞)

シネマ・チュプキ・タバタにて、日本語字幕&音声ガイド付きで鑑賞しました。上映期間、あと2日!

まったくの余談ですが……

前日の夜もチュプキに行っていたわたし。翌朝の『陶王子』を観ることにしたのですが、一度帰ってまた来るのが面倒に思えたのと、「旅行」したいなってことで、その日は田端に急遽ホテルを取って泊まることに。

そして泊まったホテルの名前はずばり『王子ホテル』 『陶王子』前夜にこんなぴったりなホテルってないでしょう。

翌朝はダブルベッドの上で『Mr.ノーバディ』の感想を書き、喫茶「テラス」さんでコーヒーと分厚いチーズトーストをいただき、ナイスな有給マンデーである!とほくほくしながらいざ『陶王子』へ向かったのでした。