353log

主に映画の感想文を書いています

映画「光(2017)」余談と感想|音声ガイド製作者を主人公にした河瀬直美監督作品

映画「光」ポスター河瀬直美監督の『光』を観ました。映画の音声ガイド製作を題材にしたラブストーリー、というなかなか珍しい作品です。

この作品を観るのは今回が初めてだったのですが、その割にいろいろとエピソードがあります。どこから書いたものか迷います。長い余談からいきましょう。

わたしと音声ガイドの話

映画の音声ガイドとは、視覚障碍を持つ方でも映画を楽しめるよう視覚情報を言語化し副音声として聴けるようにしたものです。

わたしが音声ガイドのことを知ったのは昨年5月、アトロクことTBSラジオアフター6ジャンクション」にて放送された「『愛がなんだ』今泉力哉監督と語る、映画の『音声ガイド』の世界」という特集でのことでした。この経緯についてはこちらの感想記事の最後に詳しく書いています。

この特集を聴いて音声ガイドの世界に興味を持ったわたしは、出演されていたガイド製作者・松田高加子さんについて調べているうちに「バリアフリー映画鑑賞推進団体 シティ・ライツ」という団体を知り、かくかくしかじか今そちらのほうで時々見習い修行(?)させていただいています。

わたしと「光」の話

JR山手線田端駅近くに、シティ・ライツが運営する「シネマ・チュプキ・タバタ」というユニバーサルシアター(全方位的にバリアフリーな映画館)があります。

代表の平塚千穂子さんにお話を伺うため初めて訪ねた際、盲導犬を連れたお客さんがいらしていました。音声ガイド製作過程の大切な役割「モニター」をされている方らしく、「河瀬直美監督の『光』にも出てらっしゃるんですよ〜」なんて平塚さんに教えていただいたのですが当時この作品は未見。そうなんですね〜と返すのみでした(平塚さんご自身もシティ・ライツとして、また撮影監修としてクレジットされています)。

それから3ヶ月ほどが経ち、ようやく、気持ち的には満を持しての鑑賞です。とりあえず驚いたのは、あのときの方、つまり、盲導犬を連れたお客さん、お名前を田中正子さんとおっしゃいますが、めっちゃ出ておられるーーってことでした。ああ、あのとき、もし観ていたら分からないはずのないくらい重要な役どころだったのに、ちょっとくやしい。

ちなみに平塚さんも田中さんも、「アトロク」の前身番組「タマフル」に出演されていたことをやはり後々知ります。別にそんな狙ったわけじゃないのにドンズバなところに着地してしまっていた、というわけです。しかしこのドンズバ着地はまだ続きがあります。

河瀬直美監督と音声ガイドの話

河瀬直美監督は前作『あん(2015)』をDVD化する際に初めて音声ガイドというものに触れたそうです。

「あん」で初めて音声ガイドをつくったときに原稿確認をしたのですが、音声ガイドそのものが、表現として素晴らしいものだと思いました。原稿を作られた方が、監督以上に作品の事を考えてくれる、同志のように感じられたのです。昨年のカンヌの頃から、音声ガイドの製作をする方を主人公にした作品を作りたい、と考えるようになりました。河瀬直美の新作「光」主演は永瀬正敏、共演に水崎綾女、神野三鈴、藤竜也 - 映画ナタリー
『あん』の音声ガイド制作者からもらったチェックリストを見たときに、この人たちの映画への愛がハンパないなって思ったんですね。本当に愛情があって、視覚障碍者の人たちに、ちゃんと映画を届けたいんだなっていう思いが伝わってきました。あんまり知られていないこの存在を、映画を愛する全ての人はきっと知りたいと思うだろうし、そここそ描きたいと思ったことが理由です。魂を削った愛の表現 カンヌ選出『光』河瀬直美監督&永瀬正敏インタビュー|シネマトゥデイ

前述の『愛がなんだ』特集でも今泉監督ご自身の意見がガイドの観点からはボツにされたりしているのを聞いてすごいなあと思いましたし(笑)、初めてガイド製作作業に関わらせていただいた『花のあとさき(2020)』の収録現場でも完成台本には次々と赤が入れられ妥協なくブラッシュアップされていました。

監督すら見ていないかもしれない部分を穴が開くまで見つめ続けるような作業ですから、当の監督が衝撃を受けるのも納得です。

松田高加子さんと「光」とそして

で、このときの、『あん』の音声ガイド製作を担当されたのが松田高加子さんだったらしいのですね。松田さんが登壇されたシネマ・チュプキでの『光』舞台挨拶より少し引用します。

なお「ディスクライバー」とは音声ガイドの原稿を書く人のことで、英語で音声ガイドを意味する「Audio Description」が語源だそうです。

松田: 収録が全て終わり、はいパッケージに入りますといった段階で、監督のアシスタントの方からお電話をいただきました。私は、監督は怖い人だと思ってたので「やっぱり気に入りませんでした」と言われるかもと思って(笑)ドキドキしながら受話器を取ったら、「河瀬が原稿を見て、私の映画を私と同じくらい考えているこの人は何なの?」って思ったと。「つきましては、次の映画のヒロインもディスクライバーにしたいと思っているので取材をさせてください」ということだったんです。9/2(土)『光』水崎綾女さん、松田高加子さん舞台挨拶 | CINEMA Chupki TABATACINEMA Chupki TABATA

つまり、この松田高加子さんこそが『光』の生みの親だったわけです。そしてここで個人的に大事なのは、わたしが音声ガイドに興味を持ったのは松田高加子さんご出演の「アトロク」だったということ。めちゃくちゃ廻ってんじゃん、ってことです。いつか松田さんにお会いできる機会があったら、このことを暑苦しくお伝えしたいです(笑)

──といった具合に、いろいろとエピソードがあったのでした(思いのほか長くなりました)。

一応、映画の感想

もはやここまで私的なあれこれがあると感想も何もという感じかもしれませんが、じつは松田さん云々あたりのことは観終わってから調べてそうだったのか〜〜!!な案件だったのでバイアスのかかってない感想もあるにはあって。

たとえば、ドキュメンタリックな部分とドラマな部分が少々ミスマッチで、ん〜〜〜と思っちゃったとか。ヒロインのヒロインすぎるキャラクターが苦手だったとか。人の持ち物に勝手にシール貼るような人、わたしは無理! とか(古のmixiで「シールが嫌い」コミュニティに入っていた)。あるんですけど。まあ、それくらいです。

さておきさておき。「音声ガイドの映画」といっても一体どの程度……?とやや疑いながら観始めたのですが、開始数秒でその疑念は無くなります。永瀬正敏さん演じる弱視の男性が映画館でイヤホンをつけるとテスト音声が流れてくるというシーン。わたしがシネマ・チュプキで音声ガイドを初体験した時も、最初に聴いたのはあのようなテスト音声でしたチュプキのテスト音声は小野大輔さんらしいですよ!。うわ、本当に音声ガイドの映画なんだ! と本気度にゴクリ。

からの、ヒロインが現実の光景を言語化しながら=リアルタイムで「音声ガイド」をつけながら職場へ向かうシーン。音声ガイドとはどういうものか、をシンプルに見せてくれるとてもよい導入でした。ディスクライバーの方々はすっかりああいう脳になっているのでしょうね。それにしても逆に音声ガイドが付けづらそうなこの映画、どんなガイドにしたのか気になります。

そしてモニター会のシーン。共感性羞恥持ちには見ていられないような状況ですが、驚いたのがヒロインの水崎綾女さんは実際に未経験のところからガイドを書き、実際にモニター会でボコボコにされ(あんなにボコボコにされるのか……と怖気付いたわたし)、悔しくて泣き、ということを経ているそうで、いやあ…それは…大変でしたね…。そうだ、河瀬直美監督はそういう撮影スタイルのお方だった。

視覚障碍者役・永瀬正敏さんのキャラクターはカラコンを使っているのか全く光のない目で、撮影に本来必須なハイライトも入れていないのだと思います。それがクライマックスでついにハイライトが入り、まさに「光」が人を生かす。また、彼がずっと使っている二眼レフ弱視の具合でうつむかないと見えないから、二眼レフを覗き込むことで正面の世界を見ている。そういうことだったのかと最後のほうでようやく気付きました。

ラストで音声ガイドのナレーターが樹木希林さんに変わるというサプライズもあったりして(撮影時もサプライズだったらしい)。これじつは先入観がなさすぎて、失礼ながら初見時は年配の男性の声に聞こえていたのですけども(笑) 言われてみれば希林さんだわ。読み手が違うと見えてくる風景もまた全然違って感じて、おもしろいなあ奥が深いなあと思いました。

すっかり収集もつかなくなってきたところで、はい、とりあえず以上、やっと観れた『光』のお話でした。音声ガイドってなんぞや?という方はぜひご覧になってみてください。

(2021年72本目/U-NEXT)

なお「どんなガイドにしたのか気になります」などと上に書きましたが、UD CASTで聴けるのでした。早速ちょっと聴いてみてます。