映画「サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜(2020)」感想|ミュージシャンが難聴になるという、恐ろしく身に迫る話〈ドラマー視点レビュー付〉
Amazon Studios製作、PrimeVideoで配信中の映画『サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜』を観ました。難聴になってしまったミュージシャンが「聞こえないということ」と向き合う過程を描いた作品です。
本作を知ったきっかけは例によって『アトロク』だったはず。配信映画の利点を生かして「ヘッドホンで観る」ことが推奨されており、どんな映画なんだろうと印象に残っていました。実際今回はヘッドホンで鑑賞しましたが、確かに間違いなくこれはこの音響環境で観るべきだと思いましたので、重ねて強くお勧めしておきます。密閉型であればなお良いでしょう。
聞こえなくなるということ
プロドラマーである主人公は、映画序盤で前触れなく「聞こえなく」なります。これがもう本当に身に迫って、どんなホラーより怖かった。ヘッドホンを使うことで内耳の感覚までリアルに体感できるため、聴覚を失うということがどれほど「嫌な感じ」のすることであるか、一発で理解できてしまいます。
一度見せたシーンをもう一度「聴覚なし」で見せてくるのもたいへん効いていて、例えばちょっと前まで気持ちのいい朝を演出していたコーヒーメーカーの音が聞こえなくなるだけでこんなにも世界は色彩を欠いてしまうのかと。ショックでした。
ドキュメンタリー映画『ようこそ映画音響の世界へ(2019)』では「映画体験の半分は音である」と言っていましたが、本作を観る限り半分どころではないのではという気がします。
聴覚障害と向き合うこと
主人公は、取り乱しながらも聴覚障害者の自助グループに入ります。ここで印象的に描かれるのは、聞こえないということをハンデと捉えず前向きに日々を過ごす人たちの存在。円卓で「賑やかに」食事をするシーンの、なんと楽しそうなことか。そして、手話が理解できない自分(主人公)のなんと惨めなことか。
新たな世界に抵抗を感じつつも主人公はいつしか手話で冗談を言い合えるほどに。彼が手話を習得していく経過はほとんど描かれていませんが、しかしあの賑やかな食事シーンだけで、「ああなりたい」と努力をさせる動機としては十分だと思いました。
また、聴覚障害者用の専用ツールを垣間見れたりするのもおもしろいところ。視覚障害者を主人公にしたサスペンス映画『見えない目撃者(2019)』もそういえば読み上げ機能を効果的に使ったスリラー描写が非常に新鮮で楽しかったのを思い出します。
聞こえないことで美しく見えるもの
聞こえないということを「受け入れる」環境での暮らしにも馴染んでいった主人公ですが、やはりミュージシャンとしてはどうにも迎合しきれない。まあ後天的な場合はミュージシャンに限らずそうでしょう、「受け入れられない」気持ちのほうが上でした。そこで高額な手術費をどうにか工面し、インプラントの埋め込みによる難聴治療を受けます。
この治療法、本当にあるんですね。なんとなくフィクションみを感じてしまった自分の無知が恥ずかしい。おそらくこんな仕組みのやつかと思われます(動画掲載元はこちらのページです)。
念願の手術を受けた主人公は希望を抱いて元の生活に戻ろうとしますが、しかし「聞こえて」きたのはあまりにも不自然な騒音、雑音、か細くノイズまみれで耳を刺すような音たち……。
無論きっとこれは調整も不十分なまま飛び出てきたゆえのことでもあったのでしょうし、なんにせよ現実と向き合わざるを得ない主人公はきっとこれから改めてこの新たな耳を飼い慣らしていくのでしょうけども、押し寄せてきたであろう絶望はヘッドホン越しの疑似体験でもいたたまれないほどに分かります。
それにしてもこれは一体どんな着地をする映画なのだろう。絶望が強すぎやしないか。そう戸惑っていたところに、あのラストシーンです。厳かなはずのあの音色がもはや暴力でしかない、そんなところからの、あの静寂です。「静寂こそ心の平穏を得られる場所だ」。少し前に聞いた言葉がよぎります。
このラストシーンは本当に素晴らしくて。蛇足がなく終わってほしいところで終わってくれるのも嬉しかったですし、何よりとにかく説得力がすごい。「聞こえないという味気なさ」から「聞こえないという美しさ」まで、人間と聴覚の関係性を多面的に描いた見事な作品でした。
おまけ:同業者が見るということ
本作の主人公はドラマーです。映画は彼のプレイで始まります。そしてわたしもドラムを叩く人です。アマチュアですが同業者ということにしておきましょう。
自分の得意分野が映画で描写される際、小さなことでもノイズとなってしまうことがよくあります。その意味では本作のドラム描写、完璧だったと思います。主人公を演じたリズ・アーメッドさん、てっきり元々ドラムも叩く人なのかなと思いきや本作のために半年かけて練習したとのことで、あっぱれです。
まず最低限のポイントとして、画と音が合っている。タイミングだけでなく、叩いた楽器と鳴っている音がしっかりリンクしている。もっと細かく言えばタムからはコーテッドヘッドではなくクリアヘッドの音がちゃんとしているし、ラウドなジャンルなのでシンバルも分厚く重い(スタジオに常備されているような)タイプのものがちゃんとセレクトされ、相応のサウンドを出している。
また、だいぶ後のシーンで主人公がトレーラーハウス(魅力的でしたねい)からドラムセットを引っ張り出すとき、ツインペダルが出てくる。確かにあのプレイはツーバスかツインペダルがないとできないだろう、そして彼のセットはツーバスではない、ならば必須のディティール。素晴らしい。
それから、彼のセットは通常のセッティングとは左右が反転したレフティ仕様。ということはどこかで左利き描写が出てこないとおかしい、と思っているとしっかり左でペンを持つ。抜かりない。おそらくはリズ・アーメッドさんが実際に左利きで、効率よく練習するためのレフティ仕様という必然性があったのでしょう。
以上、ドラマー的視点から見た『サウンド・オブ・メタル』でした。ちなみにギタリスト視点のほうも付け加えておくと、オリヴィア・クックさん(『レディ・プレイヤー1』の彼女!)演じるあのギタボさん、両手でマイク握ってるのにギター鳴ってたりしてだめです。
(2021年22本目/PrimeVideo)