映画「ポエトリー アグネスの詩(2010)」感想|重くてやるせない、ハードコアおばあちゃん映画
イ・チャンドン監督の作品『ポエトリー アグネスの詩(うた)』を観ました。タイトルにでかでかと出た「시」に「……し??」と思わず首を傾げ、続けて出た「詩」で「し!!」と膝を打ったハングル覚えたてのわたしです。なんの話かというと原題は「시(詩)」です。
さて、本作の主役はおばあちゃん。主演のユン・ジョンヒさんは1960年代の韓国映画界を風靡した女優さんで、現在76歳、フランスにお住まいとのこと。なんでも本作が16年ぶりのスクリーン復帰だったそうです。すごい。ちなみにそのキャリアのほどは映画版Wikipediaのフィルモグラフィーをスクロールすれば一目瞭然。
そんなおばあちゃん映画ですからほのぼのとした作品かと思いきや(まあイ・チャンドン作品な時点でそんなことは思いませんが)そこは流石の韓国映画、かなり精神的にハードコアな内容になっていました。
ユン・ジョンヒさん演じる主人公のミジャさんは、娘から預かった中学生の孫と暮らしています。「祖母と孫」と聞いて思い浮かべるような関係はそこになく、反抗期まっさかりの孫にただただ手を焼くミジャさん。翻訳家の斎藤真理子さん(『82年生まれ、キム・ジヨン』などを翻訳された方)がユリイカ「韓国映画の最前線」特集号に寄稿されているところによれば、この一風変わった家族のかたちは韓国だとよく見られるものなのだとか。
韓国の高齢者は日本の高齢者に比べ、孫の養育・教育において、より重い責任を分担している。どれだけの祖母祖父が孫を引き取って育てたり、娘や息子の家に住み込んで育児を分担していることか。そこには、高学歴ワーキングマザーのキャリア構築を祖母が助けるケースから、貧しさによる出稼ぎにまつわるものまで多様な背景があるが、それなしでは育児や教育が成り立っていかない。(ユリイカ「韓国映画の最前線」特集号 p132より)
こういう事情を知らずに観ていたので、「なんでこの子はおばあちゃんと暮らしてるんだろう」っていうところばかり気になってしまったのですが、そこはストーリー上あまり関係なかったんですね。
で、とにかく反抗期の孫に辟易としているところに追い討ちをかける出来事が起こります。川に女の子の死体が流れ着いてくるシーンからこの映画は始まる(ギョッとする)のですけど、彼女の死がじつは孫とその悪友たちによる強姦に起因していたと判明するのです。
これだけでも十二分に重たい話ですが、さらにまだまだ胸糞の悪い展開が続きます。あの男たちを全員殺してやりたい。学歴社会よ糞食らえ。『バーニング 劇場版(2018)』『シークレット・サンシャイン(2007)』と観てきたイ・チャンドン作品の中では最も暗く地味でエンタメ要素の少ない作品だと思います。
とはいえ、ほっこりするような場面もあります。ユン・ジョンヒさん演じるミジャは、基本的にはすごく可愛らしい、富司純子さん系のおしゃれなおばあちゃんなんです。彼女は余生の趣味として地域のカルチャーセンターで「詩」を習い始めます。しかしいっこうに書けない。何を書くべきかがわからない。そんなミジャさんが映画の最後についに書き上げた一編の詩。タイトルは「アグネスの詩」。はて、アグネスとは? 続きは本編でどうぞ。
(2021年17本目/TSUTAYA DISCAS)
劇中でミジャさんはアルツハイマーと診断されます。近年の報道によると、ユン・ジョンヒさんは実際に本作撮影時くらいの頃からアルツハイマーの症状が始まっていたとか。自分の老後についても考えさせられる作品でした。