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主に映画の感想文を書いています

映画「燃ゆる女の肖像(2019)」雑感|記憶スケッチから始まる刹那な恋物語

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年内滑り込みで『燃ゆる女の肖像』を劇場鑑賞してきました。正直そんなに興味ないかな〜と思っていたのですが、ライムスター宇多丸さんがあまりにも絶賛しているものでチョロい宇多丸チルドレンあっさり折れました。

結論は、とても良かったです。これこそ映画館の環境で「味わい尽くす」べき作品。文句なしに本作で年内の映画館納めとします(書いてるうちに映画自体も納めちゃっていいやという気分になったので映画納めとします)。

ミッション:画家だとバレずに肖像画を描け!

舞台は18世紀。物語の中心となるのは貴族の娘エロイーズと、彼女の見合い用の肖像画を描くため屋敷に呼ばれた女流画家マリアンヌ。しかしいざ着いてみると、当の本人は結婚を嫌がっておりモデルにすらなってくれないらしいのです。ではどうやって描けというのですか。すると依頼主の伯爵夫人はマリアンヌに「散歩相手のふりをしてエロイーズに近付き、気付かれないよう観察して描いてくれ」とミッションを与えるのでした。

てなわけで物語前半はこのミッションが描かれます。すごく静かな、物音ひとつひとつを噛みしめるようなタイプの映画ではあるのですが、このくだりにおいてはコメディな空気もそこはかとなく漂っていて、「子供の頃はお絵描きばっかりしてました」「あなた絵を描くの?」「(あっ)」みたいなレベルの笑いがちょいちょい。すまし顔してるけど結構こいつ面白い映画だな?とわくわくしてきます。

ただ、2時間ずっとこのミッションを続けるのはだいぶ無理があるんじゃないか。そう思っていると画家のマリアンヌさん、やはり「もう限界なんでお嬢さんに種明かししていいですか」と伯爵夫人に頼み込み、本人に絵を見てもらうことに。記憶で描いたにしては上出来な絵なのですけども、エロイーズお嬢様は「こんなの私じゃない」とご不満な様子。だーーーってアンタが描かせてくれないからでしょお!とマリアンヌも逆ギレ。じゃあ描かせてあげるわよ描いてみなさいよお!

かくかくしかじか猶予をもらい、夫人が屋敷を留守にする5日間のうちに今度こそ双方納得の一枚を描き上げなさいねということになります。もちろん今回はお嬢様をしっかりモデルとして。

ちょっとした若草物語

この映画、予告で観ると同性愛要素が結構強い作品という印象がありまして。女性の同性愛ものは好きなんですけど、ちょっと食傷気味でもあったんですよね。「興味ないかな〜」と思っていたのはそんな理由からで。

でも実際観てみると全然そんなあからさまな感じはなく、確かに後半ではやや直接的な描写も増えてくるんですが、そこまでの感情のカーブも丁寧に描かれているので自然なラブストーリーとして没入することができて好ましかったです。

また、本作を絶妙なバランス感覚の作品としている要因に「3人目」の存在があります。エロイーズとマリアンヌに加え、冒頭から出てくる女中のソフィー。脇役かと思われた彼女が意外にもじわじわ存在感を強めていって、一時はストーリーの中心にまで入り込んで来ます。女主人の居ぬ間に親交を深めていく3人娘の描写、雰囲気的には『若草物語(イメージしているのは『ストーリー・オブ・マイライフ』)』の姉妹たち、っていう感じですごく好きでした。

それで言うと、本作の出演者は存じ上げない方ばかりだったのですけど真っ先に思ったのは、これ宇多丸さん評からの先入観もあってまずマリアンヌ役のノエミ・メルランさんがエマ・ワトソンに似ている。さらに、女中ソフィー役のルアナ・バイラミさんはフローレンス・ピューに見えちゃって仕方がない。となるとエロイーズ役のアデル・エネルさんはシアーシャ・ローナン……と言いたいところですがエミリー・ブラントあたりかな。そんなわけでいつしかエマ・ワトソン、フローレンス・ピュー、エミリー・ブラントの豪華トリプルキャストに脳内変換しちゃっていたわたしでございました。

好きなシーン

ただでさえ映像の常時美しい作品なので捨てがたいシーンだらけですが、一番引き込まれたのは「歌」のシーンでしょうか。えっ怖、みたいな不協和音の高まりが一点に合流してやおら、まさかの!っていう意外性がとっても良かった。

海辺とローブ姿の相性もいちいち抜群で、ベルイマンの『第七の封印(1957)』などを連想したりしました。何気にマスク映画なのもご時世的には良かった。いいな〜おしゃれマスクだな〜と思って観てた人、多いんじゃないですかね。

男の出てこない世界、ってのも美しくて最高でした。そのぶん終盤でふいに男が登場した際の「うわ男だ」なドン引き具合ね。自分でもびっくりするほどドン引きしましたね。カップルで観に来てる人いましたけど、こんな映画観ちゃったら隣の男投げ捨てたくなるんでないの??とか思いましたね。男なんてこの世界に不要! 宝塚観てる時の気分! まあ、毎度の注釈としてわたしは男なんですけど。

あとは、普段は髪をがっちり結っているエロイーズとマリアンヌが髪を下ろしているときの一転プライベートな感じとか、「ギャグ」と「美しい」の間を49:51くらいでぎりぎり「美しい」に踏みとどまっている終盤「鏡」のシーンとか。なんでそこなんだよ! いいけど別に! 鏡といえば邦題『燃ゆる女の肖像』のタイポグラフィは「肖」の字が鏡写しになってるんですよね。

突っ込みどころ系の話ばかりしてしまいましたが、最初にも書いたようにこの映画は基本すごく「味わい尽くす」「噛みしめる」タイプの作品なので、床の軋み、風の音、荒い鼻息などをリッチに楽しみつつ、かつ「おい!」な突っ込みどころもたっぷりあるという、バランス感覚の優れたエンタメ作品だったなと思いました。「もう一度聴きたいな〜」と思ってた「歌」をエンドロールに流してくれるあたりも行き届いてる! ぜひ映画館でご覧ください。

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TOHOシネマズシャンテを出てすぐのところが綺麗なイルミネーションだったのでおすそわけです。やけにホリデームード満点で離れがたくて。思えば今年は『パラサイト 半地下の家族』の先行公開からどんより始まった日比谷(詳しくは記事をどうぞ)。最後にいい記憶で終われてよかった!

(2020年217本目/劇場鑑賞)