韓国映画のことを調べているとよく出くわす『お嬢さん』という作品。なんだかほのぼのしたタイトルで、なんかまあ魅力的なお嬢さんが堪能できるのかな?とふんわり期待値を上げておりましたが、ようやくご対面と相成りました。ところが開けてびっくり玉手箱でございます。こいつァ、お嬢さんなんてもんじゃねェぜ……。
監督はパク・チャヌク。ちょうど先日観たばかりの『JSA(2000)』が出世作となった監督さんだそうで、本作が好みというか衝撃的だったことに加え、他にも結構「あ、聞いたことあるぞ」なタイトルが幾つもあったためこれから履修していこうかなと思っています。
さて本作、開けてびっくりなポイントが大きく3つほどありました。ひとつ、言語にびっくり。ふたつ、展開にびっくり。みっつ、百合にびっくり。順を追ってびっくりしていきましょう。
言語にびっくり
本作の舞台は1939年、日本統治下の朝鮮半島。おっと、と思いました。歴史に弱すぎるわたし、少しずつ勉強はしているけれどまだそのあたり全然疎いのです。本作に関わってくる背景としては、最低限このへんでしょうか。池上彰さんの『そうだったのか! 現代史』より引用します。
一九四五年に太平洋戦争が終わるまで、朝鮮半島は日本が支配していました。(中略)日本支配中に、朝鮮半島の人々は、日本語を使うことを強制され、氏名も日本風に変えさせられました。「創氏改名」です。
(中略)
韓国を旅行中の日本の若者が、上手な日本語を話す韓国人のお年寄りに驚いて、「日本語が上手ですね、どこで覚えたんですか?」とたずねたところ、お年寄りが突然怒り出し、「覚えたくて覚えたんじゃない。無理やり教えられたんだ」と言うのですが、日本の若者は意味がわからずにポカンとしている……。こんな情けないことがしばしば起きています。(池上彰「そうだったのか! 現代史」p115)
このような状況の朝鮮が舞台なので、必然的に日本語がすごい出てくるんです。劇中半分くらいは日本語台詞なんじゃないかと思います。それも基本的に韓国の俳優さんたちが朝鮮人役から日本人役(ハ・ジョンウ!)まで演じているため、いやもう単純にすごいなと、よくあれほどの分量の日本語台詞をこなしたものだなと。もちろんネイティブの我々からしたらぎこちなくは聞こえますが、台詞の文章としてはちゃんとしているし、お粗末な印象は全く受けません。
また、本作は日本語ネイティブの我々こそが最も刺激的に体験できる映画とも言えます。あ、先に言っておくと、成人映画なんですよこれ。官能小説を音読するシーンとかが出てきたりするんですけど、それが全部日本語なんです。韓国では当然字幕が付いているはずですが、日本では意訳要約なしのダイレクトです。すごいですよ。官能小説以外のシーンでも「その気品でそのワードは言わねえ!」っていうようなアウト案件の連発でして。日本語が聞き取れてしまうことを悔やむほどです。
ちなみにこの点、監督やスタッフの認識不足でこんなアウト案件と化してしまったのかと思いきや全て計算尽くでした。
――ぎょっとするような単語も含め、日本語が頻繁に飛び交う作品ですが、日本語という言語を扱う上で注意した点はなんでしょうか?
チャヌク:基本的には貴族が使う日本語、古い言葉遣い、あと朗読のシーンがあるので文語体といったところには気をつけました。かっこつけて読むようなシーンでは、気取って読んでいるんだけども、恥ずかしい単語を入れることで観客へ衝撃を与えるということにもこだわっています。同じような言葉でも極道が口にするのと、礼儀正しい、美しい貴族が口にするのとでは全然違いますからね。(映画『お嬢さん』パク・チャヌク監督にインタビュー:「抑圧されている状況の中で戦う女性こそが魅力的だと思っている」 | ギズモード・ジャパン)
どうやら底知れぬ変態のようです。
展開にびっくり
本作は3部構成になっているんですけども、流れに身を任せて観ていると十中八九騙されます。「え??」で第1部終わります。続く第2部では別の視点からもう一度物語を見ていくことになるのですが、これがとても痛快でした。どの視点にせよ女性キャラが暗躍しまくるので、そういったお話を好む方には間違いない作品です。
それから先ほども申し上げた成人映画としてのポテンシャル、こいつがとにかくすごいのでありまして、映画慣れしている人ほど「映画ってここまでやっちゃっていいんだ?!」と驚愕すること必至ですのでそのあたりもお楽しみいただきたいです。当然、ご家族でのご鑑賞はおすすめしません。
百合にびっくり
この映画はずばり「百合」です。あくまでLGBTQ的なメッセージ性は薄い、お好きな方はどストライクお好きであろう百合です。まあ正直わたしはどストライク好きです。綺麗×綺麗、最高じゃないですか。ただ、思ってたよりはハードコアだった。
あのー、第1部は多分いわゆる百合なんですよ。映像表現的にも「はいそこまで」な感じのね、ニクい百合を楽しませてくれるわけです。とはいえ十分に結構なラインまで見せてくれるんですけどね。それが第2部になるとどういうわけか数段レベルアップしまして、「はいそこまで、じゃなかったんかい!」というね。Wikipediaで「エロティックサイコスリラー映画」と分類されていたのが大きく頷けちゃうのでした。
本作の百合描写がなかなかに刺激的な要因として、主人公「スッキ」を演じているキム・テリさんが童顔なこともひとつあるでしょう*1。今更ながらストーリーを軽く書いておくと「侍女スッキとお嬢さま秀子の禁じられたエロティックサイコスリラー映画」なんですけど(なんだよこのジャンル)、いわば朝ドラヒロイン的な素朴さを持つ侍女スッキがじつは超ワルなんだぜ、っていうギャップだけでかなり「いい」のに、そのうえ?? そんなことまで?? な背徳感とのマリアージュがですね、大変いけませんね。
ただ決して本作、男性向けエロ映画ではありません。むしろ「性的搾取、死ねよ」なほうの物語なので、わたしのように男目線でうへえと見惚れてしまった場合それは結局最後に殺されるだけという、じつな複雑なことでございます。
とにもかくにも韓国映画の底力をますます見せつけられる、かつ日本人としても最大限にそのカルトな魅力を味わい尽くせる逸品でした。びっくりしすぎて玉手箱開け散らかした状態で失礼いたしますが、ご興味持たれた方はぜひ誰もいない部屋でこの玉手箱、開けてみてくださいませ。
(2020年185本目/PrimeVideo)
- 発売日: 2017/07/05
- メディア: Blu-ray
*1:ちなみにこのキム・テリさん、本作が映画デビュー作。すごすぎる。翌年に出た『1987、ある闘いの真実(2017)』でわたしも既に拝見していた方でした。