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鬼滅知識ゼロの人間がいきなり「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」を観た感想

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少年漫画とは縁の浅い人生を歩んできたわたし、今ここに『鬼滅の刃』というタイトルを打ち込むだけでなんともいえない場違い感を覚えております。どうもすみません。というわけで社会現象こと「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」、一切の予備知識なく観てきました。

振り返ればこれまでドラゴンボールスラムダンクもワンピースも通ってこなかった人生、少なからずひねくれてしまった部分がございます。今あえて、ひねくれの要因を作ることもなかろうと思ったのが鑑賞動機その1。それから、宇多丸チルドレンとして「ムービーウォッチメン」の課題映画ガチャが『異端の鳥』からの『鬼滅の刃』という跳躍をしてしまったことに対する義務感がその2(ちなみに宇多丸さんも鬼滅とは無縁の人生だったが、映画評までの一週間で劇場版2回鑑賞、原作読破、アニメ完走の偉業を遂げていた)

最後に、職場の後輩くんと「『鬼滅』気にはなってるんですけどノータッチで…」「じゃあ気が向いたらお互い観てみようぜ」なんていう会話をしたのがその3。どうせ観るんなら先に観てやりたい!と勝手にけしかけられたような気になって翌日鑑賞。7割くらい後輩くんのおかげです。彼はまだ観てないようですが。

さて前置きはこれくらいにして、わたしが本稿に書くべきことは「何も知らずに劇場版『鬼滅の刃』を観たら楽しめるのか」という点ですね。答えは「イエスです。全然普通に分かるし、楽しめました。

なお前提となるわたしの「何も知らない」度=鬼滅に対する知識量は、『鬼滅の刃』を『きめつのやいば』と読むことができる(えっへん)、以上です。キャラクターの名前、関係性、能力などはもちろん知りません。ではここから、そんな「無」の状態の観客が「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」を観るとどんなふうに情報を読み取っていけるのか箇条書きにしてみましょう。

何も知らない観客が劇場版『鬼滅の刃』から受け取る情報
  • いきなり墓。これは期待できる。なるほど、この世界では疫病レベルの存在として「鬼」が蔓延しており、多くの人間が命を落としているらしい。

  • さすがに見たことくらいはあるキャラクターが数名出てきた。そのうちひとりはあの、なんか炭とかいうやつだろう。このへんが主要人物だな。

  • おっと、ギャグが強い。きっとお馴染みのくだりなのだろうが、初見でこのノリを押し付けられるとなかなかきつい。というか、テレビならいいのだけど大スクリーンで見せられるデフォルメ画はなんともいえない。しかし導入部がどうしようもなくコミカルなのはわたしの敬愛する大林宣彦監督の作品にしてもそうだし韓国映画などにしてもそうだ。このコミカルがあってこそこの先起こるであろうシリアスな展開をより印象的に(云々)

  • やけに濃いライオン丸が出てきた。なにやら「柱」とかいう、その道を極めた人らしい。オビ=ワン的存在と思っておけばよさそうだ。うっすら世間で聞いたことのある「呼吸」とかいうワードについても分かりやすく図解つきで説明をしてくれている。助かる。こちらはフォース的なものだと思っておこう。

  • ここでルーク以下の若者たちが自己紹介を始めた。助かる。炭治郎、善逸、伊之助、それからその二宮金次郎みたいな箱がどうやら炭治郎の妹らしい。電脳でも入っているのか? 伊之助の「い」は「猪」じゃないのだな。分かりづらいな。

  • さて、この列車には鬼が出るらしい。その鬼を倒すことが彼ら「鬼殺隊」の任務らしい。鬼の倒し方はずばり「首を取る」。単純明快だが、これが巷で話題の「PGでいいのか問題」に関係しているのだろう。

  • ファースト鬼を見て「六本木ヒルズ……」と思った人はどれくらいいるだろうか。思っていた鬼とはだいぶ違うが、こんなのばかり出るようでは世も末だ。しかし雑魚だったようでこいつは速攻首を取られて消え失せた。

  • 汽車の上に立つ敵が出てきた。本作のキャラデザにはいまのところピンときていなかったが、このキャラクターは好きだ。すぐにでも美容院へ駆け込んで毛先をピンクに染めたくなる魅力がある。ヒソカ的ポジションだろうか(H×Hは読んでるのかよというツッコミは承知だ)。当面、こいつを推すことにする。

  • 列車内ではいつの間にか鬼殺隊の面々が眠りこけていた。切符切られたのだいぶ前では、と思ったが時間差で効いてくるのだろう。ここからインセプションばりに夢の世界が始まる。これがまた親切で、主人公たちの暗い過去を丁寧に説明してくれる。特に炭治郎、君の過去は想像を絶するエグさだった。あんなトラウマを経てよくまあこんな、ウユニ湖のような心を。それにしても、夢の世界、精神世界、現実世界と複雑に切り替わる構成はちょっと大人向きかもしれない。

  • ここで炭治郎の電脳ケースから口枷の美少女が飛び出てきた。あ、この子知ってる。可愛い。チョロいから一発で好きになってしまいそう。でもどうやら善逸とかいう奴もこの子を狙っているわけ? そうなわけ? それだけでたった今、アンチ善逸となった。

  • 強制的な夢の世界から覚醒するためには、夢の中で死ぬ必要があるらしい。やはりインセプション的だ。しかしこの炭治郎の死に方、切腹とかではなくいきなりダイレクトに首を切ろうとする。なんたる強さだ。そして少年の行為としてはかなり衝撃的だ。のちの闘いでも寝ては首切り、寝ては首切り、と過激な光景が繰り広げられるので正直びっくりした。子供への悪影響を案じる声が上がるのも理解できる。

  • そんなことを言うなら昔の作品は云々、という反論はもしかしたらちょっとズレがあるかもしれない。子供への悪影響がどうの、などと言う気はまるでなかったわたしがついそんなことを思ってしまったのは、普段の映画館ではまず見ないほどの幼い子供たち(それこそ小学生以下も多数)が大勢客席に座っているのを先に見ていたからだ。えっ、あの子たち、これを見てるの? 大丈夫? と思わないわけにはいかなかった。単純にそういうことである。

  • 閑話休題、ピンク髪のボス鬼と闘うシーンだ。鬼がんばれ、鬼まけるな。と思ったらあっさり首を取られてしまった。ごろりと転がる首。まじかよ、わたしの鬼が。どっこいそいつは本体ではなかったのだほれ見たことか。本領発揮したピンク鬼により、列車はブルーベリーガムみたいなキモいのに寄生される。いきなりCGへの文句を言うと、なんでこんなてらてら光る仕上げにしちゃうんだろう。アニメ自体はマットな質感なのだから統一すればいいのに。まあ、事情も知らず「〜すればいいのに」と言われるのはすごく嫌いなので何らかの意図・事情があるのだろうと思っておく。

  • このへんのシーンでは、伊之助の嫌味的発言に全て真正面から向き合う炭治郎のウユニ湖っぷりがすごかった。特に「褒めてやろう」「ありがとう!!」みたいなやりとりは、米があったら噴くところだった。伊之助もやりづらいだろうな。

  • ところでこの炭治郎、よく喋る。お前は活弁士かというぐらい丁寧な状況説明をしてくれる。おかげでわたしのような鬼滅無教養マンでも難なくお話が理解できる。ありがとう、ウユニ。

  • 推しが死んだ。ボス鬼と思われたガム男はラスボスではなかった。彼は人生(鬼生?)に大きな悔いを残したまま、ちくしょうちくしょうと消滅していく。やはりこいつには感情移入できてしまう。悔いなく生きよう。そう心に誓った。

  • 今度こそラスボス登場。会話のなかから、鬼は太陽に弱いということが分かってくる。同時に口枷の美少女=禰󠄀豆子の心配もしている炭治郎ら。あの子も太陽に弱いから箱に入っていたのか。む、ということはあの子、鬼なのか? 失われゆく自我と闘う悲劇のヒロインなのか? くう、ますます好きになっちゃうぜ。

  • わたしはバトルシーンというものに基本興味がないのだが(少年漫画を積極的に読まないのもそこが大きい)、このバトルシーンはなかなか見応えがあった。ライオン丸=煉獄はラスボス鬼のことをきっぱり嫌いだと言い、「君と俺とでは価値基準が違う!」とも繰り返し言う。これはいかにも新世代の少年漫画だと思い、感心した。「お前は間違っている」「お前は悪だ」と言っているわけではなく、あくまでnot for meなのである。価値観が違うので申し訳ないがノーです、で押し切るバトルシーン、たいへん興味深く拝見した。そしてちょっと涙腺が緩んだ(でも客席のみなさんのほうがもっとグスグス泣いていたので冷静になった)。

  • 陽が昇り、闘いが終わった。どうやらこの世界では「鬼の活動できる夜間帯に闘う」という武士道があるらしい。鬼殺隊の彼らは昼夜逆転の生活をしているのだろうか。

  • ゲームオブスローンズにおける三つ目の鴉的な伝書鴉が煉獄の最期を方々に触れ回る。ここで大勢の「新キャラ」が登場する。原作ファンなら周知の、鬼殺隊の仲間たちなのだろう。つまるところ、予備知識なく『アベンジャーズ』を観ているつもりでいたが、じつは『キャプテン・アメリカ』を観ていた、くらいの感じだろうと推察する。ポスト・クレジットでトニー・スタークやらフューリー長官やらが出てきて「誰?」みたいな、きっとそういうことだろう。

  • エンドロール、よく聴くあの曲かなと思ったら違う曲だった。ミドルないい曲。つくづくタイアップの縁に恵まれている印象のあるLiSAさんはどこまでいくのだろう。全編通して劇伴も非常によかった。鬼滅の音楽を梶浦さんが担当されていたとは知らなんだ(正確には梶浦由記/椎名豪のダブルクレジット)。


と、いうわけで、かなり長くなってしまったが、……しまいましたが(口調を戻す)以上、鬼滅知識ゼロでいきなり「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」を鑑賞した観客ことわたしの持った感想です。多分そんなに外れてないと思うのですけど、どうでしょう。少なくとも十分に楽しめていることは間違いありません。

この作品が全くの一見さんでも楽しめる理由は、第一に「説明が多い」こと。みなさん周知のことと思いますので説明は割愛します、という作りにはなっていないのがとても親切です。また「登場人物が絞られている」ことも挙げられます。劇中に登場する敵キャラは2名、対する主人公側のキャラクターで主に活躍するのは3名と、かなり最小限です。

ファンの方にとってはそれが逆に「説明に時間を割きすぎている」「キャラクターの活躍に偏りがある」等々の不満となる可能性もありますが、「これだけ流行っている『鬼滅の刃』ってどんな話なのかちょっとかじってみたい」という向きには最適な劇場版だと思います。

なんにせよわたし的には、ひねくれおじさんへの道をひとつ回避することができました。これで心置きなく2020年を締めくくれるってなもんです。

(2020年183本目)