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大林宣彦監督作品「あした(1995)」雑感|終始美しいグランドホテル形式ファンタジー

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池袋・新文芸坐さんにて大林宣彦監督の『あした』を劇場鑑賞しました。監督の生まれ故郷・尾道を舞台にした「新・尾道三部作」の1本目で、つい先日観たばかりの『ふたり(1991)』が2本目となります(今回こちらも同時上映だったので併せてスクリーンでの鑑賞が叶いました。新文芸坐さんありがたい限りです)。なお2本とも赤川次郎さんの小説が原作です。

ひらがな三文字のタイトルが紛らわしいこの2本、正直「双子の地味なほう」くらいの勝手なイメージを抱いていたのですけども、いやはや、まさかこんなに大傑作とは思いもしませんでした。完全に油断していました。どうにか言語化がんばります。ところで最近「あらすじ」を撤去していたのですが、今回は書きたい気分なので復活させましょう。

あらすじ

「今夜0時、あの浜で待っています」──同時多発的にメッセージを受け取った人々は皆それぞれに「約束の浜」へと向かう。正気で考えれば、届くはずのないメッセージだ。なにせ送り主は海底に眠っているからである。その浜は数ヶ月前、海難事故で船と乗客乗員が沈んだ場所だった。ともあれ、誘い合わせるでもなく遺族たちは真夜中の船着場に集まった。

雑感

『廃市』的の極み

16mm撮影のような(実際そうかも)非常に美しい味わいの映像で始まり、この調子で最後まで行くつもり?? まさかね?? と思ったらそのまさかだった、そんな作品です。ところで、大林映画を語る際に何度も何度もタイトルを出しまくっている『廃市(1983)』という作品があります。どうやらわたしは大林映画を「廃市か否か」で分けているようで、その考え方でいくなら本作は間違いなく『廃市』的であると言えるでしょう。

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わたしの思う『廃市』的とは。映像が終始美しく、どこか陰りを帯びており、脚本演出ともども奇抜でないこと。特に最後の点は条件を満たすのが難しくて、ほとんどの場合は奇抜な部分がチラ見えしてしまうのです。直近の『ふたり』もそうでした。しかし本作は驚くべきことにずっと美しく進んでゆきます。特に「幽霊船」が海底から浮上してくるシーンなど、通常の大林映画ならもう少し滑稽なタッチで描くと思うのです。まさかあんな正攻法でくるとは、正直やや腹が立ちました。できんのかよ! なら他のもそうやってよ! つまり必ずしもわたし、奇抜な演出が好きなわけではなかったみたいですね(笑) 最後で丸め込まれるから許してるだけなのよ(そんなわけで、立腹こそしましたがとてもとても好きです)。

キャスティングも『廃市』的と言えます。その定義は、過去作から外れたイメージの配役をすること。『廃市』は『転校生(1982)』の尾美としのり×小林聡美コンビが再起用されていますがその役柄はシリアス側に一転していますし、大林組・名バイプレイヤーの根岸季衣さんも普段の役とはがらりと違う薄幸美人役でした。その点本作においても、まず根岸さんは船舶免許持ちのクールビューティー林泰文さんは無口なヤクザの子分(しかも見たことないくらいかっこいい)、岸部一徳さんもデ・ニーロみたいなオールバックのヤクザ、村田雄浩さんは二人の女性から想いを寄せられる罪なセンパイetc...、オールキャストなのだけど妙に居心地が悪い感じ、お馴染みじゃない感じ、ということです。

王道な脚本

グランドホテル形式の王道な脚本もたいへん好みでした。どうやらこの映画は登場人物が多いようだ、と察せられる序盤から、接点もなさそうな人物たちが各々「約束の浜」へと向かっていく群像劇的な高揚感。「午前0時に何かある」という期待感。そしていざ船着場の待合室に集ったときの不思議な感慨。同じく赤川次郎さん原作の『三毛猫ホームズの黄昏ホテル(1998)』も同様の導入ではありますが、あちらはいかにもな大林タッチなのであまり高揚させられるものではありません。やはりこの「すごく大林宣彦らしからぬ普通のドラマ展開を見せられている」ことが逆に興奮を産むという、もしかしたら本作で初めて大林ワールドに触れる方は何とも思わないのかも(笑)

物語後半では幽霊船から死者たちが続々とこっちの世界へ下船してきて「登場人物の半分が死人」というシュールな状況になるのですが、ここまでしっかりセッティングしてきているおかげで死者との再会というファンタジーな事象がとても素直に感動できます。そしてそのぶん別れ際もつらい……。この「再会して、別れる」つらさは『異人たちとの夏(1988)』路線と言えるでしょう。『ふたり』の場合は設定としてイマジナリーフレンド的存在であり、黄泉がえりに会っているわけではないのでまた少し違うんですよね。

「約束の浜」には招かれざる客も数名おります。ただ野宿していただけの旅行客、ヤクザの抗争でなんやかんやしていた野郎共。そのあたりの人たちの絡ませ方もすごく巧みで、現世同士でも感動の再会があったり、「蚊帳の外」感を覚えてほっつき歩いていたら原田知世にぶち当たるラッキーイベントが発生したり。あの原田知世さんはずるい! ゲスト出演なのに(だからこそ)めちゃめちゃオイシい。それに横顔がこの世のものじゃないほど美しい……。あと涙出るほど感動しちゃったのは終盤の、「水泳」の設定が効いてくるシーンですね。そうだよね、彼女を最速で止められるのはあなたしかない! 「脚本、丁寧!!!」って込み上げてきちゃいました(脚本の桂千穂さんも最近亡くなられましたね。著書を拝読したのでその感想はまたどこかで)。

眼福のキャスティング

「女が来たぞ」「また女が来たぞ」──本作とにかくヒロイン級の女の子が多数出てきます。大林作品史上最多と言ってもいいくらいではないでしょうか。なかでも印象的なのはまず高橋かおりさん演じる「招かれざる客」代表の女子大生。彼女を印象づけるのはなんといってもヌード。思わず唖然としてしまう脱ぎっぷりは『彼のオートバイ、彼女の島(1986)』での原田貴和子さん(知世さんのお姉さん)を彷彿とさせます。なにより寒くねえのかという。すごいシーンでしたねあれは。彼女以外にもヌードシーンの多い映画でした。

また、宝生舞さん演じる天真爛漫な女子高生にも目を引かれました。オードリー・ヘプバーン的な、パッツン前髪に鋭い眉毛と美しい鼻筋の超美少女。端的に申しまして超好きです。フランス映画『8人の女たち(2002)』に出ていたヴィルジニー・ルドワイヤンさんなどを連想しておりました(そういえば映画のジャンル的にも近い)。

前述のクールビューティ根岸季衣さんも「黒!」って感じでよいですし、序盤にしか登場しませんが中江有里さんのOL姿も決まってます。それにしても峰岸徹さんはダメな大人ですね〜。考えてみると峰岸さんに関してはいつも通りの配役かもしれませんね(笑)

そのほか

尾道は大林映画の中でしか知りませんが、本作における尾道は他作品とはだいぶ違って見えます。特に『ふたり』と続けて観ると顕著で、同じ場所、同じアングルなのに全く異なる印象を受けるのが不思議です。撮影用に建てられた船着場の待合室は移築され、現在はバス停留所の待合室として使われているそう。原作だと事故を起こすのは船ではなくバスなので、そんなところもちょっとニクいですね。

▼もうこの世にいない愛する人と再会できたとしたら。必ずしもその別れ際は「じゃあ、またね」というわけにもいかないのかもしれません。一緒に来いよと言われてしまったり。一緒に行きたいのに断られたり。「この子が死んでもいいのか?!」のくだりは複雑でおもしろかったです。

▼『ふたり』はヒロインの片方が死んでいる映画。『あした』は登場人物の半分が死んでいる映画。こう続けて観ると、大林監督がとにかく「死」との向き合い方を描き続けた作家であることがよくわかります。監督の死後にそんな映画を見せられるとやはりなんとも不思議な気持ちになりますし、監督の訃報をきっかけとして大林映画の世界にのめり込んだわたしとしては「死んで始まることもあるわ」なんて台詞を言われた日にはまったくそのとおりだと頷くばかりでございます。

(2020年160本目/劇場鑑賞)

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『ふたり』は同名原作でしたが本作の原作タイトルは『午前0時の忘れもの』です。早速買って読み途中。映画のキャッチコピー「愛していれば、きっとこんなことも起こるだろう」は赤川次郎さんの前書きから来ていたんですね。