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韓国映画「はちどり(2018)」雑感&キム・ボラ監督リモート舞台挨拶のうろ覚えレポート

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韓国映画『はちどり』を観ました。韓国では2019年に一般公開され、同年公開のポン・ジュノ監督作『パラサイト 半地下の家族』に次ぐ2019年の代表作として大ヒットしたのだそうです。キム・ボラ監督の長編デビュー作である本作は、世界中の映画祭で賞を獲り、コロナ延期も乗り切り、ようやく今年6月20日に日本公開となりました。

カメラを止めるな!』ぶりの渋谷ユーロスペースにて、今回タイミングよく監督の舞台挨拶(韓国からのリモート舞台挨拶!)とあわせて観ることができましたので、そちらの内容もざっくりと書き残しておきます。ページ内リンクで雑感すっ飛ばせます。

ちなみにユーロスペースさん、感染対策の観点から言うととても清潔で安心感のある施設となっております。立地こそ若干アレですが。

雑感

予備知識を全く入れず、韓国映画だということしか知らない状態で観ました。主人公はウニという女子中学生のようですが、どういう話なのか全く読めないまま進んでいきます。ウニのまわりには、様々な人が登場しては通り過ぎていきます。一体何がどうなる物語なのか、小一時間が経過してもなお読めません。

最初に明示された1994年という時代設定は何か意味があるはずです。住民運動の場面も意味ありげに繰り返し登場しますし、ウニが入院することになるくだりは不安を掻き立てます。せっかく出会えた信頼できる大人、漢文塾のヨンジ先生は突然姿をくらましました。

このまま不穏な日常を映し出すだけで終わるのではないか、ついにそう思い始めてきたとき、2回目となるテロップが、今度は具体的な日付を指し示しました。そしてウニたちの生活圏内に架かる大橋が崩落。多くの死傷者を出した悲惨な事故に物語は一転、ドラマ性を高めてラストへと速度を上げます。

中学2年生のウニが置かれた状況はあまりにハードモードです。次から次へとつらいことが起きて、心を開いたつもりの相手とも長続きしません。右耳に次いで左耳まで……のシーンではさすがにもうやめてくれ!と思いました。でも大橋の崩落という未曾有の事故以降、なぜか少しだけ光が見えたようにも感じます。災害時の助け合いで少し心が優しくなるような、感染症予防の自宅待機令で人生ちょっと楽になるような、よくないことがときにプラスの変化をもたらすような人間の不思議がこの映画にはありました。

一回観ただけでは消化しきれないところも正直あり、終始思っていたのはとにかく複雑だなと。何もかも複雑。嫌な人間が沢山出てくるけれど、悪い人間と決めつけることもなかなかできない、なんとも言えない感じ。だってよく知らないから、なんてヨンジ先生の言葉を使いたくなります。

ソンス大橋崩落事故

本作の終盤で取り上げられるこの事故のことは知りませんでした。事故のあった1994年はわたしまだ小学生なのでやむないかなということにしておきます。もしかしたら韓国の人たちは9.11くらいの感覚でこの日付を記憶しているのかもしれません(追記:韓国文学翻訳家の斎藤真理子さんによれば、この事故ではありませんが後述する「セウォル号沈没事故」は日本人にとっての福島第一原発事故みたいなものらしいです)

事故を知り姉を心配したウニが必死に電話をし、次のシーンで食卓の席がひとつ空いている、なかなかいじわるな演出ですが、安心したのも束の間、沈み込む姉を見て「そうか……」と気付かされる演出、こちらもじつに秀逸かつショッキングでした。また、この事故をいったんは他人事として処理したウニだったが──という流れも非常に印象的でした。

なおソンス大橋は漢江にかかる橋だそうで、真っ先に思ったのは「あ、グエムル」です。

はみ出し雑感
  • パラサイトのギャグほどではないが、本作でも北朝鮮の話が登場する。「マンセーしたほうがいいのかしら……」。この際どさ、韓国映画にはつきものなのだろうか。

  • 「120日記念ソング」だとか「前学期の話です」だとか、時間の流れの遅さとスケールの小ささが、中学生の世界を思わせておもしろかった。と同時に、長くてつらいんだろうなとも。

  • その「120日記念ソング」が最近アトロクの韓国産シティポップ特集で知った『Cocktail Love』だったのには感動した。韓国映画で「知ってる曲」が出てくるとは。老若男女に親しまれている国民的ヒット曲と紹介されていたはずだから、中学生のウニが選曲したのも納得。

  • 韓国ではああやって漢文を習うのだなあ。ゆびきりって韓国にもあるのだなあ、でもちょっと違うなあ。韓国の食卓は金属製の箸だから日本とは違うカチャカチャ感があるのだなあ。などなどちょっとしたところで日本と似て非なるものを見つけられて楽しい。

  • 顔見知りって何人くらい? 50人かな。400でしょ。みたいなくだりで「50」が真っ先に出たのは、『フィフティ・ピープル』読了直後の身には嬉しい。これはまた後述する。『フィフティ・ピープル』に負けじといろんな人が出てくるのでいちいち言及したいけど、今回は割愛。

リモート舞台挨拶

運良く、舞台挨拶回を取ることができました。もちろんこのご時世ですからリモートでの舞台挨拶です。韓国におられるキム・ボラ監督がスクリーンへ大写しされ、監督のほうからは日本の客席が見えている状態。日本側の通訳さんを介し、観客との質疑応答もしっかり実現していました(日→韓の通訳は裏で同時に、韓→日の通訳は発言後)。

初めての体験でどんな感じなのだろうと思っていたのですが、海を越えた舞台挨拶、かなり「あり」なスタイルでした! やり慣れているのでしょうか、とてもスムーズに進行していたユーロスペースさん側も好印象でした。

質疑応答は3つで終了となりましたが、1つの質問に10で返してくださる監督のおかげで非常に密度の濃いものになっていました(切れ目なしの長回答にも関わらず見事な訳をしてくださっていた通訳さんも素晴らしかったです)。以下、うろ覚えでざっくりと書き残しておきます。

質問のひとつめはセウォル号沈没事故からの影響はあるか」。脚本執筆時にはまだ発生していない事故のはずだが、以降の製作過程において何らかの影響はあったか? という旨のものでした。対する回答は、おっしゃる通り本作の脚本はセウォル号事故以前に書かれており製作への影響も直接にはないが、韓国での公開時には多くの人からセウォル号を連想したと言われたし、私自身デジャヴを感じた。繰り返されるのだなと思った。とのことでした。

個人的にこのやり取りを聞いていて思い出したのは、先日読み終えたばかりの韓国文学『フィフティ・ピープル』のあとがきで、訳者の斎藤真理子さんが(この本にも類似した事故が登場することに対して)著者本人はセウォル号をモチーフにしたわけではないと言っているがしかしどうしてもセウォル号を想起した、と書かれていたことでした。この件以外にも『フィフティ・ピープル』と重なる部分は多くあり、先に読んでいなかったら理解が難しかったかもと思える箇所もあったので、またしても「順番」を導かれたなあと思いました(追記:同じく斎藤さん訳の大ベストセラー『82年生まれ、キム・ジヨン』もこのあと読みました。こちらもやはり本作の理解をより深める内容でした)

ふたつめは「独特の色味など、映像へのこだわり」への質問。対する回答は、まず私と撮影監督は本作の撮影を非常に楽しんでいました。資金繰りの障壁などから撮影予定がだいぶ延期になったため、ロケ地に赴き綿密なストーリーボードを作って臨むことができました。室内のシーンは自然光撮影でやや暗く息苦しく、外のシーンは対照的に青々とした草木を見せるようにして、ウニの心情も表現しています。イメージとしてスタッフに共有した作品は、台湾映画『ヤンヤン 夏の想い出』です。といった旨のものでした。

みっつめの質問は「人生とは解決しなかった過去の傷の積み重ねだと思うが、監督ご自身は過去の傷とどういった向き合い方をされているか」。この日初めて女性から投げかけられたこの質問に監督は興奮を隠しきれない様子で、私にとって非常に大切な質問です、と前置きしておもむろに話し始めました。これがあまりに劇的で、すごかった。もしかすると映画本編よりも感情を揺さぶられてしまったかもしれません。以下、あらためてかなりうろ覚えで、記憶の再構成的な文章であることは強調しておきます。何か大きく違っていたらごめんなさい。

とても個人的な話になってしまいますが、私は高校生の頃ひどいいじめを受けていました。それは同性の先輩からでした。それから月日が経ち、私が20年来ずっとどこか人の目を恐れながら生きていたのはそのいじめに原因があると気付きました。奇しくも私はちょうど昨晩、そのことについて深く考えを巡らしていたのです。そしてじつは今朝、その人に20年以上ぶりにメールをしたのです、「謝ってほしい」と。その人からは「謝らせてほしい」という返事が来たのですが、今この舞台挨拶をしているためやり取りはそこで止まっています。これからです。

過去の傷との向き合い方について。大きくふたつの方法があると思っています。ひとつは瞑想すること。自分自身の内面と向き合って解決できるならそれでいいでしょう。まずはそこから試しましょう。しかし自己解決が難しいようなら、その場合はふたつめです。謝ってもらうのです。私の場合は、今回の件に関しては謝ってもらわないと解決しないと判断したので行動に移しました。

思わず息を呑んでしまうような展開でした。監督はとても笑顔の印象的な方なのですが、まさかこんな話が飛び出てくるとは。決して穏やかではない内容の映画をこの穏やかそうな方が作られたことに実感を抱ける体験でした。この質問がなければ果たして監督はこのエピソード、どこかで話したのでしょうか。ものすごいプライベートに踏み込んでしまった気がしています。

進行をされていた配給会社の方も内容的におそらくこれが〆だと思ったのでしょう、質疑応答は終了となりました。質疑応答前後にもお話はあったのですが、より記憶が曖昧なためここでは省きます。コロナ禍において日本と韓国がリアルタイムに繋がる経験、なんだかすごく感動的でした。

(2020年104本目/劇場鑑賞)