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映画「彼らは生きていた(2018)」雑感

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『彼らは生きていた(原題:THEY SHALL NOT GROW OLD)という映画を観てきました。つい最近『1917 命をかけた伝令(2019)』で描かれていた、第一次世界大戦西部戦線。その「実際の記録映像」を用いたドキュメント映画です。

概要

第一次世界大戦中に西部戦線で撮影された未公開映像(イギリス帝国戦争博物館所蔵)を元に、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのピーター・ジャクソン監督がモノクロの映像をカラー化し再構築したドキュメント。

当時の映像に音は無かったため、音声は主に退役軍人のインタビュー音源を使用し、一部の兵士の話す声や効果音などは新たにキャストを用いて演出した。また、フレームの不足をデジタル技術で補うことによって本来の再生速度を取り戻した。

雑感

これは「アフター6ジャンクション」で『1917』評に際して宇多丸さんが言及していた作品で、旧作のため配信で観るつもりでしたが劇場公開もしていると知り、都合つけて行ってきました。

いやはや、すごかったです。確かに『1917』とセットで観るべき作品です。

まずこれ、概要に書いた通りですが「100年前の実際の映像を使ったドキュメント」なんですよね。100年前といいますと、映画史的には言わずもがな白黒のサイレント映画期です。『國民の創生(1915)』とかの頃ですね。

その時代に、撮影スタジオの整った環境ではなく「戦場」で、手回し式のカメラで撮影された映像。普通に考えて、高品質な映像であるはずがありません。しかしそこに前例がないほどの最新技術を惜しみなく投入できたとしたら。それを実現したのが本作です。とりあえず予告編をどうぞ。

最初に映る、カタカタとせわしなく動く人間たち。これはイメージ通りの「昔の映像」。白黒であることだけでなく、コマ送りのようなスピード感にも時代を感じます。

ですがもう少しすると映像が色付き、再生速度のせわしなさがなくなり、画面いっぱいのビスタサイズに引き伸ばされた時にはもう『昔の映像』とは思えなくなってきます。色が付くことで地続きの世界として認識でき、滑らかな動きでさらに容易く時代を飛び越える。これが本作の凄さです。

第一次世界大戦を経験した兵士たちは、白黒で沈黙の戦場にいたのではなかった。彼らは生きていた。鮮やかな世界に。

予告冒頭に出るこの言葉(抜粋)に、非常にはっとさせられました。当たり前のことだけど、意識しないと何故か「昔は白黒の世界だった」と思ってしまうこと、わたしはあります。1950年代くらいを舞台にしたカラー映画の劇中に白黒テレビが出てきて妙な違和感を覚える、みたいなやつ。そりゃそうだよね、世界と人間はずっとカラーだったんだよね、って。

こと歴史においては、白黒の資料しか観ていないために「これは“歴史”」と一線引いてしまいがちです。でもそれに色彩と音が付いてビスタサイズに広がった時、見え方、入り方がまるで変わってくる。本作は、未だかつてないほど五感を使って第一次世界大戦追体験できる映画となっています。

『1917』を観てからのほうがいい

この映画がまずすごいのは「実際の映像である」というところなのですが、そのすごさをより効果的?に味わうためには『1917 命をかけた伝令』を先に観ておくことをおすすめしたいです。なぜかというと、あまりにも「『1917』のまんま」な光景が次々と登場するから。

たとえば、砲撃による無数のくぼみと、そこに溜まる泥水。腐りかけた馬の死骸、そして人間の死体。『1917』で散々見せられた、目を背けたくなるようなあれこれ。それがまさにあの映画で見たままに、本作には出てきます。そしてそれはつまり「こっちは作り物ではない」ということです。

見事に再現されたものを一度見ていることによる、これは本物なんだという困惑の感覚。この段階があることで、より息を呑むような体験ができるのではないかと思います。逆に言うと、『1917』の美術は本当によくできている…。きっと同じような資料映像を研究して作ったのでしょうね。

カラー化がすごい

本作最大の売りは「カラーである」こと。白黒画像・映像のカラー化というのはそう珍しいものでもありませんが、本作のそれは本当にすごいです。

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公式の比較画像。ただ色を乗せただけでは到底こうはなりません。「塗り絵」の領域を完全に超えているんですよね。しかもこれが全編動くんですよ。

動くといえば、映像の再生速度。古い映像はカタカタせわしなく動くもの、そういったイメージの原因はフレーム数(コマ数)にありました。当時の映像は現代の基準よりも少ないフレームで撮影されていたため、普通に再生するとあのコマ送り感が出てしまいます。

しかし本作の映像にそのせわしなさはありません。むしろ何の違和感もなく、滑らかに動いています。これはカラー化よりもすごいなと思った部分で、スムーズな動きに必要なぶんのコマを後付けしている、要はアニメ制作でいう「中割り」を実写映像でやっているということらしいのです。

こういった尋常でない工程を経て完成した『彼らは生きていた』。そのタイトルの通り「彼ら」は教科書に印刷された白黒写真だけの存在ではなく、実際に100年前の色鮮やかな時代に生きていたまったく地続きの人たちであるということが、観ているだけですんなりと入ってくる作品になっています。

ショッキングな映像はもちろん多いですが、かといって暗い内容かというとそういうわけでもなく、淡々と、ときには笑ってしまうような場面も(いかなる状況下でも創意工夫のもと淹れられる紅茶とか)あったりします。内容について触れ出すときりがないのでこの感想からは省きましたが、当然、非常に興味深いことばかりです。『1917』をご覧になった方は是非あわせてご覧になってみてください。

(2020年40本目/劇場鑑賞)

ゼイ・シャル・ノット・グロウ・オールド(字幕版)

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  • 発売日: 2019/09/03
  • メディア: Prime Video
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