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主に映画の感想文を書いています

リズと青い鳥(2018)

『リズと青い鳥』公式サイト

同名小説を原作にしたアニメ「響け!ユーフォニアム」のスピンオフ的作品(原作「響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章」)。…とは知らずに観た方も多数いたようで、実際のところは単品でも問題なく楽しめる作品です。

あらすじ

北宇治高校吹奏楽部3年、フルートの傘木希美と、オーボエの鎧塚みぞれ。内気なみぞれは快活な希美を慕い、希美もそれに応える。

彼女たちがこの夏コンクールの自由曲として取り上げる「リズと青い鳥」は、同名の童話をモチーフにした楽曲だ。ひとりぼっちの少女リズと、そのもとにあらわれた青い髪の少女を描いた物語。ふたりの少女の心情描写を大きく担っている楽器はフルートとオーボエ。希美とみぞれは、少女たちを自分たちと重ね合わせながら高校生活最後の夏を過ごしていく。

吹奏楽経験者(というか今もそう)のわたしは、テレビシリーズ放映時から「響け!」シリーズには心酔していました。全ての描写が非の打ち所なくリアルで、本当に素晴らしいアニメーション作品だったんですよね。しかしそんな作品のスピンオフとは知らず、だった本作ですが、周囲からのプッシュも強かったのでうっかり公開終了する前に急いで観てきました。早起きして日曜日の朝回です。意外と映画館が混んでて驚き!

日曜日の朝に観るべき映画

日曜朝のシーンから始まるから、ってだけですが(笑) いやはや、ものすごくよかったです。もともと絶対の信頼を置いている「響け!」製作チームですが、今作も冒頭から最高の仕事を見せてくれました。

まずはちょうどタイトルが出るあたり、みぞれと希美が「リズと青い鳥」のソロパートを合わせてみるシーン。ふたりとも音色は綺麗なのだけど音程がちょっと合わない。スクリーン上の言葉を借りると「disjoint」。日曜日の朝、軽く音出しをしてからの一発目なのだからこんなものかな。高校生だしね。そんなところもリアルだよね。そう思った矢先に希美が言う「うん、ちょっとピッチが微妙だったかな」。これ!これですよ!これが「響け!」シリーズの凄まじいところなの! もう、この開始5分も経たないくらいのシーンで心のアカデミー賞総なめでした。ああ…早起き頑張ってよかった…。

みもふたもなく

テレビシリーズのほうも途中から完全に「そっち方面」でしたが、本作も言わば「百合」です。希美のことが好きで好きでたまらないみぞれと、どこか応えきれない希美の、少し甘酸っぱい物語。もうほんと単純にですね、このシリーズにおける百合的描写は絶品としか、芸術としか言えない塩梅でして、ほんと、いいっすね……。部にいるはずの男子メンバーも視界から消滅してますしね……。純度100%、女子の世界です。知らんけど。

好意の矢印は一方向だけでなく、オーボエパート1年生の剣崎ちゃんも“みぞセンパイ”ことみぞれをだいぶ慕ってくれているようで、何度も「ダブルリード会」に誘っては玉砕する姿が健気です(あわやこのテイストで「水着回」かと思われた展開を一瞬でスキップする脚本も流石!)。補足するとダブルリードっていうのはオーボエファゴットにのみ使われている特殊なアイテムで、劇中でみぞれが削ったり糸を巻いたりしているアレのことです。劇場公開映画で「ダブルリード会」なんていうワードを普通に出してくるのは、さすが「響け!」シリーズといった感じです。

絵本の世界

本作で独特なのは、北宇治高校吹奏楽部の日常と、絵本「リズと青い鳥」の世界が並行して進んでいくことです。絵本の世界は、水彩のタッチで描かれた、どこか「魔女の宅急便」を思わせるような世界観のお話。この世界に登場する少女たちがまた魅力的。声は本田望結ちゃんが一人二役で演じているそう。すごいですね。

リズと青い鳥」の物語を自分たちに重ねていたみぞれと希美。最初は「ひとりぼっちの少女リズ」がみぞれで、「彼女に舞い降りた青い髪の少女」を希美だと、それぞれが認識しています。希美を手放したくないみぞれは、ソロパートの演奏にあたり「青い髪の少女=青い鳥=希美」を鳥かごから放してあげる「リズ=みぞれ」の気持ちが理解できず、なかなか心のこもった演奏ができません。しかしある時、自分が「青い鳥」なのだとみぞれは気付かされ、突如、空高く飛び立ってゆきます。この合奏シーンは、解き放たれたみぞれの演奏ももちろんですが、「置いていかれて吹けなくなる希美」の描写がたいへん印象的です。フルートの音を当てた方もすごいなと思います。

ちなみにこれ、本作だけ観た方には少し事情が分かりづらいかなとも思うんですけど、「ユーフォニアム・シネマティック・ユニヴァース」的にはですね(そんなものはない)、1年のときに希美が突然退部して、2年でまた急に復帰したいと言い出して、みたいなゴタゴタがあってからの現在3年、という流れになっていますので、テレビシリーズ2クール(もしくは未見ですが劇場版でも多分大丈夫)を観ていただけるとより深まると思います。

黄前久美子は生粋のモブである

本編「響け!ユーフォニアム」の主人公であるユーフォニアム黄前久美子は、本作3シーンくらいしか出てきません。喋る台詞もおそらく台本2行ぶんくらいでしょう。これはむしろ尊敬の念に値するくらいなのですが、黄前久美子は本当にモブキャラ主人公だったんだなと本作を観て確信しました(笑) およそ主人公とは思えなかった低空飛行ヒロイン黄前ちゃんは、モブこそ本職!と言わんばかりに、本作ではむしろ生き生きして見えます。それでこそ黄前久美子だぜ。好きです!

とはいえ、伊達に2クールもヒロインをやっていないだけあるなと思わせる場面も。後半、お馴染みの場所で練習する久美子と麗奈が出てきますが、その直前に流し台でユーフォとトランペットが楽器だけフレームインするシーンがあるんですよ。そこは「きた!」とときめいちゃいました。なんだかんだ「最強のふたり」ですからね。


そのほかも、書ききれないほどの「よかった」が、たった90分のなかに山ほど詰まっていました。テレビシリーズから度々登場する「休日朝の、セッティングされた無人の教室」のリアルな空気感(平日は通常の音楽室なので、あの「出しっぱなし状態」にできるのは休みの日だけなんですよ)。アバンタイトルで一気に北宇治高校の世界へ引き込んでくれる「ピアノとハープとグロッケンをぶつ切りにコラージュしたような」劇伴。映画館でしか気づけないくらいうっすらと、かつどっしりと鳴っている雷鳴のような心情描写の音。書き下ろされた魅力的な吹奏楽曲「リズと青い鳥」(譜面出版はまだでしょうか)。ほか、諸々、もろもろ。何度でも観れそうです。

「物語はハッピーエンドがいいよね!」という希美の希望通り、切なそうにも思えるストーリーは90分後、ちゃんとハッピーにエンドロールを迎えます。京都アニメーション様、「響け!」製作委員会の皆様、丁寧な映画を作ってくださり感謝です。「響け!」ファンの方もそうでない方も、ぜひ今のうちに劇場でご覧ください。

(2018年93本目 劇場鑑賞)