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主に映画のあらすじと(まとまりのない)感想文

アイアン・ジャイアント(1999)

このタイミングで鑑賞した理由はもちろん、「レディ・プレイヤー1」に登場するからでございます。てっきり実写ものかと思っていたらアニメだったんですね。しかも意外と新しい。ロボットであるアイアン・ジャイアントの動きは3DCGで作られているそうですが、全体的なタッチはシンプルで「ちょっと古臭い」くらいのテイストにまとめ上げられています。

あらすじと感想

好奇心旺盛な少年ホーガースは、宇宙から飛来してきた正体不明の巨大ロボットと出会う。何も知らない子供のようなロボットと少年は次第に心を通わせていくが、危険を感じた政府によって突如攻撃され、ついにはロボットめがけて核ミサイルが発射されてしまった。

…うーん、つまらなそう!笑

物語の舞台は1957年アメリカ。ソ連スプートニク1号の打ち上げに成功し、宇宙開発競争で一歩リードした時期にあたります。アメリカ目線のピリピリした冷戦時代、これは近年公開された「ドリーム(2016)」や「シェイプ・オブ・ウォーター(2017)」と同じ背景ですね。お国のために行き過ぎた行動をとる本作の捜査官は「シェイプ〜」におけるストリックランドのような存在なのでしょう。


あらすじだとつまらなそうに見えてしまう本作。実際、観始めてしばらくは「軽いな」って感じでした。どうしたってアニメに関しては目の肥えている日本人です。やはりこのバタ臭いキャラクター、いまいち重量感のないロボット、まあこんなもんか〜と思っておりました。

とはいえ、まだミステリアスな存在であるときの「暗闇に浮かぶシルエットと光る眼」だとか、交流を始めてからの「ベイマックス(2014)」的な「かわいい」動きの数々だとか、魅力的な部分は最初からしっかり用意されています。ようやくスクラップ場で「食べ物=鉄くず」にありついたときの「うまそさ」も印象的で、こんなに「鉄くずがうまそう」な描写はなかなか見れないかと(笑)

ちょっと様子が変わってくるのは、電車に跳ね飛ばされてバラバラになってしまったとき。頭部から発せられた信号で、身体のパーツが自動的に集まってきます。こんな描写は「鉄腕アトム」の漫画で見た気がするなあとか思ったり、何より一番連想するのは「ドラえもん のび太と鉄人兵団(1986)」ですね。信号を発した「脳」のもとにパーツたちがドッカンドッカン降り注いでくるシーンがあります。そんなわけで、このへんから「シンプルに見えていたこのロボット、意外とゴリゴリ動くぞ」っていう作画的な衝撃と期待感が発生してきます。3DCG作画のポテンシャルをじわじわと見せつけてくるわけです。

ここまでロボットの存在を隠し通して(あの巨体を隠し通すのは1日でも無理でしょ!っていうツッコミはしないほうが健全)きた少年ホーガースですが、途中からスクラップ場のオーナーであるディーンさんが頼もしい仲間として加わります。渋々ながらロボットに食住を与えてくれたディーンさんは、鉄くずアートを嗜む「自称アーティスト」でもあります。学校や家での悩みを打ち明けた少年に言う「自分のなりたい自分になればいいんだ」という台詞は、いつしか本作のテーマともなっていくのでした。


中盤、物語に大きな動きが。正体不明な「宇宙からの落とし物」だったロボットに、あるとき少年がおもちゃの光線銃を遊びで構えます。すると、それまで穏やかだった丸い眼が突如カメラレンズの絞り羽根さながら絞り込まれ、紅く発光するや破壊光線を放ちます。ロボットは地球に飛来した衝撃で記憶を失っていましたが、兵器という「正体」、言い方を変えれば「一面」を持っていることが判明するのです。


「殺し」を思い出してしまったロボット。しかし少年は「『銃』になっちゃだめだ。『なりたい自分』になればいいんだ」と、受け売りを含めながらロボットをなだめます。子鹿が猟師に殺されるのを一緒に見てしまったときも「命あるものはいつか死ぬんだ。殺すのは悪いことだけど、死ぬのは悪いことじゃない」と教えます。素性が明らかになりながら理性を保つことも覚えたロボットは、ちょうどこのころ街で人助けをし、住人たちから受け入れられようとしていました。とそのとき、「街に巨大ロボットがいる」という状況を遠くから目撃した政府はロボットに銃弾を撃ち込みます。

ロボットが攻撃モードになるのは「自己防衛」。攻撃がなければ攻撃しないようになっています。それを必死に伝えるも、政府は攻撃をより強めていきます。ここでこのロボット氏、驚愕のトランスフォームです。時代設定すら変わっているのではと思えるほど豹変した「殺戮兵器」の姿で圧倒的パワーの反撃を見せます。ゴリッゴリに動きます。ラスト20分にこんな隠し球を持っていたとは、おそるべしアイアン・ジャイアント…!

頭に血がのぼったロボットに対し、少年は諦めません。「銃にはなるな!」と再び強く言います。まずこの少年がすごいと思うんですけどね。立場的には「やっちまえ!」じゃないですか。どんだけ理性あるんだよと。そんな彼に手懐けられただけありますロボット氏、「ジュウ ニハ ナラナイ…」と自制を働かせ、クールダウンで大空を飛び回るも(ここアツい)、一点張りの政府に追撃され、しまいには核ミサイルの発射スイッチまで押されてしまいます。なんつーことするのよ。

高い知能を持っているのでしょう、ミサイルが「自分」を追尾すると認識しているロボットは「自己犠牲」を選択します。出会った頃の少年に「ついてくるな!」と言われていたロボットですが、ここでは少年に向き合って「ツイテ クルナ」と釘をさし、「ナリタイ…ジブンニ…ナル…!」とミサイルめがけて翔んでいくのです。「殺すのは悪だけど死ぬのは悪じゃない」を自分なりに解釈して実行するのです。泣くわ!! ベイマックスで泣いたやつだわ!!

後日。新緑豊かな街の公園には、ディーンさんの作ったロボットの像。肩にとまる小鳥(ラピュタ!!)。少年は、ただひとつ残ったロボットのネジを手に、「会いたいな…」とつぶやきます。ところ変わってアイスランドの氷河。吹雪のなかを一目散に駆ける「部品」たち。向かう先には信号を発するロボットの「頭部」。少年の部屋からもランプを光らせた「ネジ」が窓を転げ落ちてゆき、少年は嬉しそうに手を振り言います「待ってるよ」。こちらもベイマックスと通じる、かなり気持ちのいい終わり方です。


原作は1968年の小説らしいですが映画化に伴いだいぶ脚色されているようなので、共に1986年の「のび太と鉄人兵団」「天空の城ラピュタ」などから影響を受けている面もあるでしょうし、“ロボットの自己犠牲を描いた「鉄腕アトム」、“ロボットと少年”を描いた「鉄人28号」「ジャイアントロボ」といった原作と同時代の作品も間違いなく影響しているのでしょうね。

今回「レディ・プレイヤー1」への抜擢を機に初めて触れたアメリカ産ロボットアニメ「アイアン・ジャイアント」。想像以上に良質な作品でしたので未見の方はぜひ! 「アトム」世代も、「鉄人兵団」世代も、「ベイマックス」世代も、年齢不問でお楽しみいただけると思います。そして「レディプレ」終盤、サムズアップで自己犠牲を払うアイアン・ジャイアントにホロリとできることでしょう。

(2018年79本目)