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主に映画の感想文を書いています

映画「Swallow/スワロウ(2020)」感想|「アトロク」の猛プッシュで鑑賞。異食症と人生の物語。

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1/1から劇場公開されている映画『Swallow/スワロウ』。わたしの推しラジオ番組「アフター6ジャンクション」でこの作品が2週連続で特集されるという異例の事態が起きまして、気になってしょうがないよ!と観てきました。

「アトロク」こと「アフター6ジャンクション」にはライムスター宇多丸さんが新作映画を評する看板コーナー「ムービーウォッチメン」があるのですが「アトロク」については別途プッシュ記事を書いておりますのであわせてどうぞ、先週は宇多丸さんがコーナーを一週お休みするため代打としてTBSの山本匠晃アナウンサーを立てたのです。

山本アナは映画における「食べる描写」に異常なまでのフェティシズムを見出すことで定評があり、宇多丸さんも舌を巻くほどの変態的レビュアーとして昨今頭角を現していました。その山本アナが満を持して「山本フードムービーウォッチメン」で扱うことにしたのが、この『Swallow/スワロウ』。何故これが選ばれたのか。それはずばり、食べること・呑み込むことに関する映画だったからです。

ついに書き起こしまで残されることになった山本アナのフード映画レビュー。ネタバレを配慮するあまり映画冒頭の「氷を食べる」というシーンについて熱弁していたら時間切れとなってしまい悔しがる山本アナでしたが、いやしかし、この評はリスナー(わたし)に強烈な印象を残したのでした。

そしてコーナー恒例、次週の課題映画を決めるガチャ回し。そこで出たのが……またしても『Swallow/スワロウ』。もういいよと遠慮する宇多丸さんに対し、えーー宇多丸さんのも聴きたいですーーと山本アナが駄々をこね、結局2週連続同じ映画を評するという異例の展開に。

この映画、現時点では全国3館でしか上映されていない、非常に公開規模の小さい作品なんです。結構頑張らないと、観に行けない。でもここまでプッシュされたら観ないわけにはいかないでしょう。宇多丸さんの評を聴いた翌日、早起きして新宿バルト9の朝9時の回に行ってきましたよ。そこそこお客さんいましたけど、あれみんなアトロクリスナーだったんじゃないかと思ってる。

というわけで、非常に長い前置きを経てようやく本題に入ります。

映画評論の理想形を見た

まずは問題の「氷を食べるシーン」について。前述の通り山本アナはこのシーンにおける「グラスの中の氷」の描写について、コーナー中の半分、約10分を割いて熱弁していたわけです。一体どんなシーンなんだ、と思うじゃないですか。だから実際に観て、それと思われるシーンに差し掛かったときは「きたきたきた!」と大興奮しましたよ。

しかしですね、確かに山本アナの言うようなことが氷に起こっている。それは確かなのだけど、おそらくは30秒もあるかないかくらいで該当シーンは終わってしまったのです。えっ。こんな短い映像の描写を、10分もかけて語ってたの。

拍子抜けすると同時に、あとからしみじみ思いました。「その映画、見てみたい!」と思わせる、これこそが映画評論の理想形だよなと。自分の琴線に触れたところを偏愛的に語る。一体どんな映画なんだと思わせる。ああ、こうありたいなと自省し、引き締まりました。

引き締まったあとで書きづらいですが

わたしの平凡な感想を。本作で題材になっているのは、食べ物ではないものを好んで食べて(呑んで)しまう「異食症」。上流階級の家に嫁いだ主人公は、妊娠した頃から「無機物を口に含みたい衝動」に駆られるようになります。手始めにビー玉を呑んでみてとてつもない多幸感を味わった彼女は、その行為をどんどんエスカレートさせていくのでした。

映画前半は「異物を飲み込むというスリル」だけでとことん魅せてくれます。ハイソな大邸宅で、シルクを身に纏ったブロンドの女性が、欲望のまま異物を呑む。だけではなく、「出して」「探して」「飾る」。このギョッとしてしまうルーティンが堪りません。特に「探す」のはヤバい。具体的には映していないのに、想像だけでうえええとなってしまうあの感じ。「体内を通ってきたビー玉」にしか見えなくなるあの感じ。映画的……ッ!!

呑む対象がグレードアップしていくのもスリリングで、っていうか二段階目で画鋲はダメだろ!! 絶対なんかパンとかで包むと思ったのにそのままいくのかよ!! まあ冷たさが好きなんじゃ仕方ないか……。

さらには見せ方も同時にグレードアップしていって、あれ?電池が並んでないぞ?と思ったらエコー検査で「何か他の物も映ってますね」うわ〜きたきたきた〜! からの胃カメラ胃カメラの“カメラマン”もクレジットされてたのかな、見るの忘れた! あのへんのバリエーションがめちゃくちゃ巧いなと思いました。痛いけど楽しかった。

あと、口に入れているものはそれこそ(他のラインナップと比べたら)普通なのにインパクト大なのが、後半に出てくる「カウチ土」。ポテトならぬ、土。なんでしょうね、あの衝撃。ちょっと羨ましいなとすら思える感覚。あれで済むなら安上がりじゃん。わたしもカウチ土しながら映画観たい。

ドラマとして

ここまで書いてきた要素だけだとキワモノ映画のようですが、じつはとてもドラマ性の強い作品でもありました。自分の生き方は自分で決める。たかが他人に掌握されてなるものか。身体の中で育つ大きな異物は認められて、ビー玉ひとつ呑むことがそんなにも許されないのか。

幸せを求めて様々なものを呑んで出してきた主人公は、映画の最後でもやはり自らの意思によりあるものを呑んで、出します。センシティブな結末ではあるものの、妙にすっきりとした晴れやかな気持ちになる場面でした。そこから直結するエンドロールも、なるほど確かに宇多丸さんが「今年のエンドロール大賞」と絶賛していたのも納得です。あの小部屋が人生そのものに見えてくる、見事な映画マジックでした。

はみ出し感想

  • 自ら製作総指揮も務めておられる主演のヘイリー・ベネットさん。『マグニフィセント・セブン(2016)』などが代表作だそうだけど(一応観てるんだけど)記憶になくて、実質これが初めましてとなった。ジェニファー・ローレンス系統の雰囲気が素敵。好き。

  • ヘイリー・ベネットさん、呑み込む演技以外で印象的だったのが終盤の「鼻水」。鼻水混じりの泣き顔というのはよくあるけれど、涙のように鼻水が落ちてくるシーンってこれまで見た記憶がなくて。すげえ!!と思った。

  • あのお父さんの写真がフレディ・マーキュリーに見えてしまってだめだった。

  • 序盤の「ハグして」が効いてくる後半の「ボディチェック」。あれは見事。めちゃくちゃ見事。『逃げ恥』的展開を期待してしまったではないか。

(2021年18本目/劇場鑑賞)

SWALLOW/スワロウ(字幕版)

SWALLOW/スワロウ(字幕版)

  • ヘイリー・ベネット
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映画「ポエトリー アグネスの詩(2010)」感想|重くてやるせない、ハードコアおばあちゃん映画

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イ・チャンドン監督の作品『ポエトリー アグネスの詩(うた)』を観ました。タイトルにでかでかと出た「시」に「……し??」と思わず首を傾げ、続けて出た「詩」で「し!!」と膝を打ったハングル覚えたてのわたしです。なんの話かというと原題は「시(詩)」です。

さて、本作の主役はおばあちゃん。主演のユン・ジョンヒさんは1960年代の韓国映画界を風靡した女優さんで、現在76歳、フランスにお住まいとのこと。なんでも本作が16年ぶりのスクリーン復帰だったそうです。すごい。ちなみにそのキャリアのほどは映画版Wikipediaフィルモグラフィーをスクロールすれば一目瞭然。

そんなおばあちゃん映画ですからほのぼのとした作品かと思いきや(まあイ・チャンドン作品な時点でそんなことは思いませんが)そこは流石の韓国映画、かなり精神的にハードコアな内容になっていました。

ユン・ジョンヒさん演じる主人公のミジャさんは、娘から預かった中学生の孫と暮らしています。「祖母と孫」と聞いて思い浮かべるような関係はそこになく、反抗期まっさかりの孫にただただ手を焼くミジャさん。翻訳家の斎藤真理子さん(『82年生まれ、キム・ジヨン』などを翻訳された方)がユリイカ「韓国映画の最前線」特集号に寄稿されているところによれば、この一風変わった家族のかたちは韓国だとよく見られるものなのだとか。

韓国の高齢者は日本の高齢者に比べ、孫の養育・教育において、より重い責任を分担している。どれだけの祖母祖父が孫を引き取って育てたり、娘や息子の家に住み込んで育児を分担していることか。そこには、高学歴ワーキングマザーのキャリア構築を祖母が助けるケースから、貧しさによる出稼ぎにまつわるものまで多様な背景があるが、それなしでは育児や教育が成り立っていかない。ユリイカ「韓国映画の最前線」特集号 p132より)

こういう事情を知らずに観ていたので、「なんでこの子はおばあちゃんと暮らしてるんだろう」っていうところばかり気になってしまったのですが、そこはストーリー上あまり関係なかったんですね。

で、とにかく反抗期の孫に辟易としているところに追い討ちをかける出来事が起こります。川に女の子の死体が流れ着いてくるシーンからこの映画は始まる(ギョッとする)のですけど、彼女の死がじつは孫とその悪友たちによる強姦に起因していたと判明するのです。

これだけでも十二分に重たい話ですが、さらにまだまだ胸糞の悪い展開が続きます。あの男たちを全員殺してやりたい。学歴社会よ糞食らえ。『バーニング 劇場版(2018)』『シークレット・サンシャイン(2007)』と観てきたイ・チャンドン作品の中では最も暗く地味でエンタメ要素の少ない作品だと思います。

とはいえ、ほっこりするような場面もあります。ユン・ジョンヒさん演じるミジャは、基本的にはすごく可愛らしい、富司純子さん系のおしゃれなおばあちゃんなんです。彼女は余生の趣味として地域のカルチャーセンターで「詩」を習い始めます。しかしいっこうに書けない。何を書くべきかがわからない。そんなミジャさんが映画の最後についに書き上げた一編の詩。タイトルは「アグネスの詩」。はて、アグネスとは? 続きは本編でどうぞ。

(2021年17本目/TSUTAYA DISCAS

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  • 発売日: 2013/01/26
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劇中でミジャさんはアルツハイマーと診断されます。近年の報道によると、ユン・ジョンヒさんは実際に本作撮影時くらいの頃からアルツハイマーの症状が始まっていたとか。自分の老後についても考えさせられる作品でした。