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主に映画の感想文を書いています

岩井俊二監督作品「Love Letter(1995)」雑感

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初の岩井俊二作品として先日『ラストレター(2020)』を観ましたが、ぜひこっちも!とおすすめいただいたので今回は四半世紀前の岩井作品『Love Letter』を鑑賞しました。『ラストレター』には本作のアンサームービー的な面もあるのだそうで、この機会にあわせて観るのがおすすめ、なのかも。出演は中山美穂酒井美紀豊川悦司ほか。

あらすじ

藤井樹の三回忌。早世した彼の恋人だった渡辺博子は立ち寄った実家で彼の卒業アルバムを眺めていたが、彼が中学時代に住んでいた小樽の住所を見てふと、手紙を出すことにした。そこはもう国道になってしまったという、届くはずのない住所だ。しかし数日後、なぜか「藤井樹」から返事が届いた。

じつは中学時代、彼のクラスには同姓同名の女子がいた。博子は彼女の住所に手紙を送っていたのだ。誤配だった。しかし不思議な文通は続く。「彼について何か覚えていることがあれば教えていただけないでしょうか?」──

雑感

まるで8cmシングルのジャケ写みたいなオープニングシーン(上に貼った画像)がとても印象的で、ここからの長回しと優しい音楽でまず掴みはバッチリ。言うことなしのアバンタイトルでした。

一般的には中山美穂豊川悦司のW主演としてクレジットされることが多いようですが、このふたりのラブストーリーかと思いきやそうではなく、なんならトヨエツは始終ガン無視されている(笑) じつに気持ちのいいお話です(このトヨエツ、好かんわ〜)

では誰が主人公なのか、どんな物語なのかというと一言では表せなくて、ひとつ言えるのは『ラストレター』同様に「不在の主人公(便宜上“イツキ”としましょう)」にまつわる物語であること。そして本作は『ラストレター』よりもさらに、オムニバス的な作品かなと思いました。なにせ映画の始まりと終わりで主人公が変わっているんですよね。

序盤、まずは渡辺博子を中心とした「イツキ物語」の円が広がっていくわけですけど、手紙が藤井樹のもとに誤配されると今度は彼女を中心とした「イツキ物語」の円が広がっていく。それぞれの心に眠っていたイツキが息を吹き返していく。この構成がおもしろいし素敵だと思いました。

主人公が変わっていると書きましたが、本作が非常に特徴的なのはこの主人公がどちらも中山美穂のW主演であるところ。神戸在住の第1ヒロイン渡辺博子と、小樽在住の第2ヒロイン藤井樹をともに中山美穂が演じ分けており、渡辺博子から始まって藤井樹で終わる映画なんです。主人公は変わるが演者は同じ、というとっても不思議な映画。

これ全く知らずに観たので一瞬混乱してしまって。渡辺博子はものすごい地味で静かな女性なんですけど、対する藤井樹は男勝りの明るいキャラクター。同じ顔でも全く別人に見えるんですよね。すごいことするな、って。それに考えてみたらドッペルゲンガーと同姓同名の物語ですよ。奇妙な設定なのに全然奇妙に感じない。手腕。

映像面では過剰なまでの「あざとい名シーン」「名シーンとして作られた名シーン」が的確な働きをしていて、ここで感動しなかったら人としてどうなのよレベルで強引に感動させてきます。それこそ「お元気ですか」のシーン、最初ちょっと笑っちゃったんですよ。でもあまりに景色が雄大だし、どう見ても「名シーン」だし、感動するしかないか、スイッチ切り替えていくか、とあの執拗な繰り返しのなかで気持ちを改めさせられるという。力技でした。嫌いじゃない。

他に印象的なあざといシーンとしては例えば自転車のライトで答案を照らすシーンとか、雪道を靴のまま滑るシーンとか、イツキから本を預かるときのエプロン姿の樹とか。このエプロン姿のところなんか「誰か死んだの」「パパ」っていうギョッとする会話をしつつも猛烈にほっこりさせられる場面になっていて、このカラッとした感じは『ラストレター』ですごく踏襲されています。

あとは、1995年といういくらでも古臭くなりそうな時代の作品でありながら、いわゆる時代を感じさせるアイテムがワープロくらいしか出てこないのも気が逸らされなくていいなと。レコードやフィルムカメラもですけど「手紙」ってなんだかんだ古くならない、むしろ最上級のアナログアイテムなんですよね。わたしが大好きな舞台『ダディ・ロング・レッグズ』の原作『あしながおじさん』もそういえば手紙の物語でした。手紙、いいなあ。

本作のセルフオマージュが多く盛り込まれたという『ラストレター』との共通点は双方観てのお楽しみという感じでいいと思いますが(書ききれないほどわんさか出てくるので)、個人的にフェチいなあと感じるのはガーゼマスクです。はい。

以上、やはり岩井作品なかなか肌に合う気がするのでもう何本か観ていけたらと思っています。

(2020年13本目/PrimeVideo)

Love Letter

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  • 発売日: 2014/08/27
  • メディア: Prime Video
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引き続き『ラストレター』もおすすめです! 書き忘れましたが中山美穂豊川悦司が出てます!

「リチャード・ジュエル(2019)」雑感

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衰え知らずのクリント・イーストウッド監督最新作『リチャード・ジュエル』、観ました。出演はポール・ウォルター・ハウザー、サム・ロックウェルなど。安定の良作です。

あらすじ

1996年アトランタ。オリンピック期間中のコンサートイベントに何者かが爆弾を仕掛けた。爆発の阻止は叶わなかったが、いち早く不審物を発見した警備員の的確な対応で最悪の事態は免れることができた。警備員の名はリチャード・ジュエル。一夜にして彼は時の人となった。

しかし数日後、FBIが彼を真犯人として有力視しているという情報がマスコミに漏れる。アトランタのヒーローから一転、いわれなき爆弾魔のレッテルを貼られてしまった彼の苦難を描くノンフィクション。

雑感

やるせない後味の映画でした。決してバッドエンドではないけれど晴れやかとも言いがたいラスト。冤罪を扱った映画のあるべき姿かなとも思いました。弁護士と共に闘う映画ではありますが、「闘い」よりは「怒り」に焦点が当てられた作品のように感じます。

本作ではマスコミとFBIが痛烈批判されていて、なかでもFBIの犯罪者プロファイリングに関してはじつにタイムリーというか、当ブログでも最近頻繁に触れていたドラマ『マインドハンター』や、先日観たばかりの『テッド・バンディ(2019)』などで犯罪者プロファイリングについての予備知識を得ていればいるほど、その知識が皮肉に働く案件です。

ざっくり言うと主人公リチャード・ジュエルは、FBI秘伝のプロファイリング捜査法により「すごい犯罪者っぽい人物像だから犯人」と実質断定され、それがマスコミに漏れたことから家族や人生をめちゃくちゃにされてしまいます。FBIが彼を「犯人っぽい」とした理由は例えば以下のようなもの。

  • 第一発見者である
  • 独身で母親と暮らしている
  • 警察(司法)への憧れがある
  • 肥満など身体的な特徴から虐げられた過去がある
  • 捜査に協力的

どれも『マインドハンター』やその原作本*1で何度となく挙げられていた典型的なプロファイリングで、さらには「現場から記念品を持ち帰る」「趣味で狩りをする(猟銃を所有)」など、もう完全にクロですわという要素がズラリ。取り調べ室には犯行を思い起こさせるアイテムがいくつも置かれ…(これも実際にある手法)、しかし今回の場合、彼は犯人じゃないのです。

どう見ても彼は犯人じゃない、司法が間違ってる、そう思わせるのは『テッド・バンディ』も全く同じ作りで、極端に言えば『テッド・バンディ』と本作で違うのは「やった」のか「やってない」のか、プロファイリングが「当たった」のか「外れた」のか、それだけ。いやはや、怖いですね。

とにかくこの件に関して問題なのは、オリンピック期間中の事件を早急に幕引きしてしまおうとしてプロファイリングを「証拠」に強引な捜査を進めたFBI、それを無責任に報じて被疑者の人生をめちゃくちゃにしたマスコミ、ということで、ふと考えてみると2020年の日本にも全く他人事ではない話。身につまされる映画でした。

サム!ロック!ウェル!

いきなりどうでもいい話をするとサム・ロックウェル最高ですね!! 彼が演じる弁護士のおかげでどれだけ心強かったことか。苦難の映画には、信じられる人が一人はいないと無理です。

サム・ロックウェル様は「顔がいい」ので何をしてもいいんですが、今回はどういうわけかダサオジとイケオジが交互に来るような謎のスタイリング技法が使われておりまして(なんなんだあれは)、水風呂とサウナみたいな効果を生み出しておりすごいんです。最高です。ありがとうございました。

そうそうたる雑魚悪役を経てついにヒーローを演じることになったポール・ウォルター・ハウザー氏も素晴らしいお芝居でした。『テッド・バンディ』のザック・エフロンとは真逆なベクトルの「やってない」感で、心から応援させていただきました。ただご本人もあれ普通に肥満が心配なので早死にしないようご自愛いただきたく。

ちょいちょいの違和感

さすがのイーストウッド巨匠、作り出す映画の安心感が半端ないのですが、今回は気になるところもいくつか。なかでも一番え〜〜と思ったのは、問題のネタをすっぱ抜いてきた女性記者。彼女、終盤めっちゃ改心してるように見えるんですけどそんなキャラでしたっけ。

だって彼女、根っからのゴシップ屋ですよ。爆発現場に到着するや「神様、犯人が何者であろうと他紙を出し抜き、そしてその人物ができるだけ興味深い人物でありますように」とかいうとんでもない祈りを唱える人ですよ。絶対あんな「犯人じゃない…!」みたいなピュアな改心しないと思う。振り切った悪役のままでよい。

この彼女に関しては実在の人物だということが災いしてその描き方に炎上もあったようなので、何かと使い方の難しいキャラクターだったということに。超個人的趣味としては身体で記事を取ってくる記者とか好物ですけど、よりによってこのテーマの映画にぶっ込む演出ではなかったですね、御大。

(2020年11本目/劇場鑑賞)

リチャード・ジュエル(字幕版)

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  • 発売日: 2020/03/19
  • メディア: Prime Video
リチャード・ジュエル [Blu-ray]

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  • 発売日: 2020/11/27
  • メディア: Blu-ray
この日は続けて『ラストレター』を鑑賞。それがとても良かったもんで、ついつい書く順番前後させてしまいました。